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がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

がんの治療は、思想や信仰に似ている

明日、定期の外来日です。
TS-1はお休みさせてあげたいな、っていうのが正直なところです。
気分的に優れないのもあるのですが、さらに食後の胃の痛みによって、食事があまり取れなくて体重減少と体力低下が続いているからです。さらに気分が落ち込みます。悪循環です。
だけど、本人にとっては(もちろん、家族にとっても)「仕方が無いから抗癌剤を休む」ということはしたくないというジレンマもあるんですよね。
勝手な希望で言えば、信頼している今の主治医に「じゃあ、7ヶ月もTS-1やったから、1ヶ月ぐらい休んでみましょうか?大丈夫ですよ」って言ってもらいたいんですよね。
もっといえば、検査の結果も「どこも異常ないですよ。頑張りましたね」って言ってもらいたいんです。
こればかりは、僕が言えるものじゃないですからね。

さて、タイトルの件です。
未だに「抗癌剤の是非」というのは、よく話題になる部分ですね。がんもどきの話とか。
治療方法に明確な決定打が無い現代では、「これが正しい」というものはないでしょう。
ただ、その「話題」のなかで、明確に「いやいや、それは間違ってるだろ」っていうのもあります。

それは、
「抗癌剤は、毒であり、それでも治療に使用されているのは、利権が絡んでいるからである」
というもの。

毒という定義は、量によります。塩ですら、摂取量が多量でも、過少でも死に至ります。
何が明確に間違っているのか?
「利権が絡んでいるから使い続ける」という部分です。
なぜか?

この定義だと「毒だとは判っていて、むしろ生存率やQOLを下げることは判っているんだけど、莫大な利益が上がるから使われている」ということになります。
これ、おかしいでしょ?
生存率やQOLを下げる(だけ)ものだとすれば、その薬を使うことによって、患者の状態を悪くしてしまって、薬を(実質)使う期間を短くしてしまっています。
ということは、利益誘導から考えれば、何の効果も無い「水」などを成分にした方が原価は低いし、使われる期間は長いし・・・
僕が製薬会社の社長だったら、そのように考えます。

確かに、抗癌剤の使い方は単に「標準量で強ければ強い方が良い」というわけではありません。
命を縮めてがんをやっつけようとするのは、本末転倒です。
そこを理解して運用してくれる病院、医師と出会えることが大事でしょう。

そして、抗癌剤だけで完治することは無いかも知れない。だけど、それと、人間らしく長く生きる、ということは別の到達点です。
そう考えると、今のがん治療は、思想や信仰に似ているな、と思うんですね。
だから、これも、僕の思想と信仰でしかありません。

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テーマ: - ジャンル:心と身体

  1. 2017/07/20(木) 09:42:29|
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