FC2ブログ

がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

戦友

人の紹介で、電話で話したのは随分前でした。
今はSNSで自分の行動の記録とか見られるから、調べてみたら2014年の7月だったみたい。
たぶん、転院した頃の話だと思う。
音楽に詳しくて、そのころも十二指腸に問題を抱えていたらしいんだけど、それは大したことでは無かった。

ところが、彼もすい臓にがんが見つかって、同じ病院に転院した、と聞いた。
外来の曜日は同じだから、たぶんすれ違ったりはしていたんだろうけど、面識がないので判らなかった。

実際に会ったのは、去年の1月。
彼の事務所で、ずっと音楽の話をしていた。
その時点では彼は、GEM+アブラキサンからGEM+TS1に変更していた。
そして、外来でも良く喋るようになっていた。

彼が手術できて、すごく嬉しかったのと同時に、ちょっぴり羨ましかった。
まだ僕らは、4回目の検査の前、つまり腹膜播種に挑んでいるときだったから。
だけど、しばらくして外来に来た彼と奥さんはちょっと様子が違っていた。
どうも、マーカーが上がっているようだった。
術後の抗癌剤を、変えることになるらしい。

どういう経緯で、どんな検査をして手術に至ったのかは詳しく聞いていない。
というか、聞けていない。
空腹感はあって、食欲もあるらしいけど、やっぱりすぐに満腹になるようだった。
僕らが、5回目の検査を終えて、手術が決まったあたりでは、だいぶ副作用が酷かったようだった。

実は、僕らの手術の日、コンビニに寄った僕は外来を覗いてみた。
奥さんが一人で来ていた。
副作用が強いようなので、量の調節をしてもらう相談に来たらしい。
本人が居ないことが気になった。
「今、手術中なんですよ」と言ったら、驚きながらも「おめでとう」って言ってくれた。

数日後、見舞いに行った僕は、廊下を歩きながら、3つ手前の病室に彼の名前を見つけた。
驚いて入っていったら、苦しそうな彼がいた。
急に歩けなくなり、転移が骨髄にあることが判ったらしい。
樹状細胞ワクチンの治療の申し込みをして、もうすぐ治療開始というところだったらしい。

あまり状況が良くないのは感じた。
12月に入って僕らが退院するとき、挨拶に行った。
何も言わずにいたほうがいいのかどうか迷ったけど。
だけど、本当になんて言えば良いのか判らなかった。
今まで使っていたマジックハンドを渡して、冗談言いながら、音楽をちょっと聴いて。
彼は「もっと音楽の話が出来れば良かった」と泣きながら言った。
だから「またすぐ外来来ますから、次の時には○○のCD持ってきます」と答えた。

1月に入ってすぐ。
いつもの病棟に行ってみたけど、緩和病棟に行ったと教えられた。
すごく綺麗な部屋だった。
くすりのせいで、若干意識が薄かったけど、聞かせたCDの作曲者名をハッキリと言った。
ディミトリ・ティオムキン こんな名前がすぐに出てくる人はそんなにいないだろう。
また、すぐ来るよ、と約束して病室を出た。

翌日、紹介してくれた友達から電話があった。
亡くなった、と。

お互いの闘病を励まし、喜び、本音では羨ましく思い、そうやって勇気づけあった関係。
お互いの気持ちの触れ方が、逆の波が多かったかも知れないけど、
間違いなく一緒に戦った仲間だと思う。
本人だけではなく、その家族も。

彼の残したものは、いくつかは世の中に出ているもの。
だけど、彼の感性は、受け継がれたのだろうか?なくなってしまうのだろうか?
そう思うと、何か残しておきたいと思った。
このブログを書き始めたのも、それが一つの理由です。

関連記事

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

  1. 2017/01/12(木) 09:05:19|
  2. 過去記事
  3. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad