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がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

僕らにとって3年11ヶ月は

たくさん色々なことを書きたい気持ちがありますが、何を書いていいかわかりません。
ちなみに、通夜・葬儀については、余りにも記事としては「普通」になってしまいそうで、ただの記録になってしまいます。
なので、よほど気が向いたら書こうかな?と・・・・

僕らにとっての3年11ヶ月とタイトルしましたが、実際には、僕とカミさんとでは立場がまるっきり違っているはずです。
だから本当に「僕ら」なのかどうかは自信がありません。

病気が判ってから、僕ら2人の関係はかなり強い結びつきになりました。
例えば、よくある話で、会社の同僚と飲んでいて夜の10時頃とかに「もう一件行こう」と言われたとします。
仕事だからと割り切れば仕方が無いことかも知れませんが、それでも「ああ、カミさんに愚痴を言われるよな~」ぐらいには考えるでしょう。
僕は、カミさんが病気になってから、それがなくなりました。
とにかく一緒にいる時間を多くしたい、と思ったんですね。
最初の方のブログの記事にこんな事を書いています。
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-21.html

「手術は、そんなに大げさではないのですが、はじめて入院させたその日。
病室の窓側のベッドに入ったのですが、そこは帰り道になるところでした。
3階の窓から手を振っていた姿をこの後毎回見ることになり、その度に涙がこぼれました。」

だけど、それでも本人にとっては、まだまだ不十分だったようでした。
カミさんも、僕も、実家で商売をやっています。
車の移動時間で大体40分ぐらいかかります。
だから、お互いが単身赴任のような状態でした。
元々は、僕の実家の近く、つまり会社の近くに2人の住居は借りたのですが、そのような事情によりほぼ僕が寝に帰るだけの部屋になってしまっていました。
僕的には、いつでも帰ってこられるようにと思っていたのですが、そのうちにカミさんは実家の生活の方が楽になります。
それは当然でしょう。
そして、闘病するにつれ、ほぼ僕らの部屋には帰ってこられなくなりました。

確かに、それは本人のワガママで実家の店をやることになったのですから困ったモノではあったのですが、彼女にしてみると一緒にいる時間をもっと増やしたいとも思い始めていました。
そして、転移が判って、年が明け、今年になってからは僕がカミさんの実家から通うことが多くなっていきました。
彼女の言葉を借りると「僕と一緒に暮らしたい」と。

僕らは、子供のようなやりとりをするようになりました。
それはとにかく、病状で不安になったり、落ち込んでしまうことを避けるためだったのですが、ホンのつまらないことでもお互いに笑い合うようにしていました。
子供のようにドライブに出掛け、水族館に行き、お菓子を買って・・・・

元気な大人なら「何を子供じみたことを」というようなことを一緒にやっていました。
いつもだったら「何をふざけてるんだ」とか「もっとしっかりしてくださいよ」とかいいそうなことを、一緒に楽しんでいました。
まるで付き合い始めた恋人のような感じでした。


商売をやっている人と、会社勤めの人とでは、生活に於ける心配事が根本的に違います。
今月末の支払いが・・・とか、売り上げが・・・とか、その点で、2人の感覚は一致していましたね。
そして、がんという病気が思っていた以上に世間とずれているという点でも、他の人に話せない悩みを抱え、2人だけの闘病になっていきました。

2人は、仕事の関係上、ともすれば疎遠になりがちな夫婦生活、関係を
闘病を軸にしてより強く生きたんだと思います。

だから、ものすごく濃厚な夫婦生活を送ったと思っています。
そして、だから、病院の先生や看護師さん達みなさんが、僕らの人生の味方だと思っていたんです。

その意味では、今の寂しさはかなりキツいものになってしまっています。

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テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/06/13(水) 16:31:35|
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