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がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

ためしてガッテン「生存率が2倍に!すい臓がん超早期発見SP」を見て

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20181017/index.html?c=health
ためしてガッテン「生存率が2倍に!すい臓がん超早期発見SP」
10月17日に放送され、録画をやっと見ました。
いくつかのブログで、内容を読んでいたので余り期待はしていなかったのですが・・・
正直言って、いろいろとガッカリしたのが本音です。

タイトルにもあるように、本題は「超早期発見」です。
メチャクチャ簡単に内容を説明すると・・・
「膵臓癌の5年生存率が極めて悪い。それは、膵臓癌そのものの悪性度もさることながら、自覚症状があまりないので病状後期に発見され、治療開始になる場合が多いから。だけど、膵臓の位置が前後から隠れた場所になっているため、なかなか小さい腫瘍の段階では見つかりにくい。当然、CTなどを使えば発見できる可能性は上がるが、健康診断に含まれていない場合も多く、設置してある病院も多くはなく、見つけやすい環境ではない。ところが、膵がんの前兆の膵管拡大と、嚢胞の発見であれば、殆どの病院で設置してあるエコー検査で見ることが出来る。これだと、手軽でもあるし、診療費の自己負担も安い。この前兆を見つけた場合は、大きな病院で定期的に検査をすれば、仮に膵臓癌になったとしても、初期状態で発見できるから、治療効率が上がり、生存率上昇に期待が出来る」
・・・というものです。
もうちょっと詳しくは・・・
https://blog.goo.ne.jp/mizuironokomorebi/e/cb289b808a6d84e29ebc4d5e48f12e90?fm=rss
ここなんかいいかな?

で・・・・ここでいう「生存率」というのは、あくまでも生存率計算の「初期罹患数」を増やすことによるもの。言い換えれば、マジックです。
既に罹患している患者にとっての生存率が上昇するわけではありません。

次に、番組では、エコー検査が2000円(健康保険適用で3割負担の場合)ほどと解説していましたが、本当にそうでしょうか?
どこかで書いたかも知れませんが、保険診療というのは、薬品や、手技などそのものが保険診療になっているのではありません。
例えば、痛み止めの代表選手であるロキソニンは、当然保険診療に使えますが、これが「胃の不快感がある」として受診した場合は、ロキソニンは保険診療処方とはならない(はず)なんです。
つまり、ある種の症状や病態と薬品、手技がセットになってはじめて保険診療と見なされるわけです。

さて、今回番組で取り上げられているエコー診断について。
まだ膵臓癌の疑いも確定もない時点での検査。
しかも、その診断方法そのものが健康保険適用とは聞いていませんから、本当に3割負担で受診できるのでしょうか?

そして、その後の検査は、エコーではなく、定期的にCTなどでの診断ということですよね?
これも、診断の根拠は何になるんでしょうか?保険診療となりますかね?

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実際問題、殆どの癌で治療効率が上ガル方法は、早期診断なのは間違いありません。
だからといって、極端な話、毎月毎月精密検査をすれば良いのか?といえば、それは現実的ではないでしょう。
だから、スクリーニングの手法が必要で、危険因子の生活習慣などから絞り込んでいくのもよく分かります。

それでも、年間1%の発見率となると、30年でも7割の人が発症しないわけで、この手法が果たして番組として取り上げるだけの価値があったのか?とも感じました。
しかし、その一方で、大多数の健康体の人達から見たら、この方法が早期発見に一番近道であるのも事実で、それしか無い状態に膵臓癌に関わる医療者が置かれているのもよく分かります。

その現状と、このタイトルの印象・・・つまり、「生存率が2倍」という言い回しのフィット感の無さ・・・
むしろ、生存率を気にしているのは、患者や家族なのに。

そう思うと、様々な意味でガッカリしたという気持ち、そして現実の無力感・・・
情報のいい加減さによって、誤解も助長されかねない?と思うと、、、、、
ガッカリ、という言葉しかありませんでした。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/10/22(月) 10:36:48|
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死に抗う?

Facebookでご存知の方は、このタイトルの内容は判ると思います。
ただ、向こうではあまり詳細に書かなかったので、もうちょっと詳しく書いてみたいと思います。

実は、このブログでずっと書いておきたいと思っていることがあります。
それは、再発後にどういう気持ちや考えで治療に臨んでいたのか?
数多ある終末期の治療選択とは若干違っていたのですが、なぜそうなったのか?
そして、その選択に後悔は無いのか?というものです。

乱暴に言えば、治療効果が望めないと判った時点で、緩和を重点に考え、体力を落とさないような生活に変えていく・・・というやり方は、十分知っていましたし、なるほどと思っていましたが、結果的にはそれとは違う方法を選んだことになります。
その選択の基準となったのは何か?
一番の要因は、実際の体の状態と、本人・家族の認識、希望的観測が大きくズレていたのが原因でしょう。
だけど、もうひとつの要因はそのような認識よりも切実に考えていた「気持ち」です。

主治医との話で、僕だけが不意に「余命3ヶ月」と聞いてしまったとき。
上腸間膜静脈部分に局所再発後、肝臓転移と脾臓に若干の腹水。
後で気がついたのは、血液検査の炎症反応は徐々に上がっていたこと。
当然、主治医はその点も見逃していないでしょう。
で、そのままの流れだったとすれば、おそらく緩和病棟に入院の手続きをして、体を楽にすることを第一の生活にしたでしょう。
そして、いよいよ空室ができて、体調が悪くなったときに、緩和病棟に入院・・・という流れ。

ですが、実際のところ、痛みのコントロールはなかなか難しかったけど、一緒に買い物をして、食事をして、冗談言って・・・という、まだまだ普通の生活をしていたのが実際です。
その状況で「あーそうですか、じゃあ3ヶ月大事にするように切り替えます」なんて出来るものじゃないです。
かといって、その3ヶ月に対して狂ったように抵抗しようとして治療をし始めたかというとそれも違います。
どちらかというと、「まだその時では無い」という気持ちがあって、その上で「何かしら治療が出来る」という希望が「その時」を少しでも遠ざけられる、と期待していたのが実際です。

「いやいや、あなたはもう無理です」と言われたらどうだったか判りません。
が、何よりも一番元気になったのは、「これからの抗癌剤治療」と言われた言葉でした。
その時の診察室から出た直後に彼女が言った「今日は良い日だ」の言葉は、未だに耳に残っています。

彼女は、再発後、僕にこう言ったことがあります。
「私は死ぬのが怖いんじゃなくて、死んじゃったらあなたに会えなくなるのが淋しい」と。
そして、
「私が死んだら、あなたがすごく悲しむだろうことが心配」と。

死そのものに対しての気持ちよりも、それによって自分が会えなくなる人がいる。
自分自身の死んだ後の状況を憂いていたんです。
この発想は、僕には全くありませんでした。

だから、彼女の場合は、死に抗っているんじゃないです。
生に拘っていた、っていうほうがしっくりきます。
生きていることによって得られている、僕らの普通の生活では当然の事象を、貴重な時間として受け止めていました。
その時間を少しでも長くするために、出来るだけの方法を探していたのかも知れません。

死にたくないと言う気持ちと、生きたいという気持ちは、似ているようでちょっと違いました。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/10/06(土) 20:59:55|
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