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がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

膵臓がんに関わる医療者の気持ち

これは勝手な想像ですから、実際の医療者が「何言ってんだよ」ってことになるかもしれません。
が、医療者、患者・家族のどちらにとっても読んで頂きたい内容です。

膵臓がんステージ4での5年生存率は10パーセントを切っています。
これは治療開始がかなり前の「5年前」状態ですから、今はもう少し治療成績が上がっている(はず)でしょう。
しかし、私たちが聞いた話を総合すると、「大抵1年から1年半ぐらいしか治療できないことが多い」とのことらしいです。
そう考えると、3年11ヶ月ってのはかなり頑張った方かな?・・・ってのはちょっとおいときますが。

肝胆膵の医療者は、この極めて困難な課題に毎日出会い、そして敗北していくわけです。
もっとも、結果のどれをもってして「敗北」というかにもよりますが・・・・
だとすると、この状況でどうやってモチベーションを保つのでしょうか?
以前、病棟による空気の違いについて書いたことがあります。
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-94.html
この違いは、このような「結果」によってもたらされるものも要因の一つかも知れません。

毎回、毎日、何とかして患者を救おうとしている。
(これを否定したら医療者としてなり立たないので、それはありえません。)
そして、手術不可、化学療法、増悪・転移・・・・、手術できても再発、化学療法、転移、増悪・・・・
これを「単純な日常」として生活しているはずは有り得ません。

そして、付随して必ずつきまとうのは、医療ミスの訴訟リスク。
解決策は、患者主体の治療選択と、完全標準治療の王道コース。

王道コースでは、前述の5年生存率に沿ってしまうのは明かなんです。
かといって、勝手に治療を変えるわけにもいかないんです。

このジレンマを解消する方法はあるのか?

ちょっとした創意工夫、ちょっとチャレンジングな方法。
全て、これを患者や家族は理解するのだろうか?
そして、結局王道コースに戻らなければいけない。

こんな苦しい毎日を肝胆膵担当の医療従事者は抱えているんだと思います。
医師や医療従事者の限界ではなく、現在の医療の限界がそこに見えます。

だけど、ちょっと考えてみて下さい。
おそらくですが、病院も医師も看護師も、大元の治療方針があって、それがベースになっているはずです。
これは厳格な規程ではあっても、そこには幅があるはずです。
その幅を「患者や家族が理解できている状態」だとすれば、標準治療の範囲であっても、かなり幅を持った治療の選択が出来るはずです。

どうすればいいか?
患者や家族は、猛勉強するべきです。そして、医療者の立場を理解して上げて下さい。
そうしたときに、医療者ははじめて出来る範囲内での「チャレンジ」を提案してくれるはずです。
僕は、レースでは「ポケットから取り出した0.5秒」って言っていますが、
お仕着せの治療から、もう一歩患者・家族に合わせた治療が出来るんじゃないか?と思うんです。

例えば、抗癌剤の量・タイミング。
これらは、臨床例の多い病院ほど実態を知っています。
つまり、正解から先に言えば「副作用が強くては治療が続けられない。ある程度の量を減らしても、継続する方が治療効果が高い」という経験から、柔軟に投与量と間隔を変えてくれます。
ところが、このことを患者・家族が理解していない場合(知っている、と、理解している、は別です)、
「量を減らされたから転移したんだ」とか「通常よりも間隔が長かったから癌が成長したんだ」などと考えてしまいます。
そうすると、とにかく標準量の投与だけをされてしまい、「副作用が強かったから休薬は仕方が無い」とかの領解に陥ってしまいます。

これは、お互いがガッカリする結果に行ってしまうんじゃないでしょうか?
僕は、ウチのカミさんが結果的には3年11ヶ月しか治療できなかったけど、
病院と医師と関係者の「ポケットからの0.5秒」を引き出せたから「1年から1年半」ではなく治療できたんだと考えています。

もし、病院・医師の立場を患者・家族が理解して、そして医師や看護師が患者・家族を理解して、相互の信頼関係が作られたとすれば、生存率はもっと簡単に上がるんじゃないか?とも考えているんです。

そのためには、この肝胆膵医療者の絶望感、フラストレーションを理解して、一緒に戦う姿勢を持つのは大事じゃないでしょうか?

ええ、この話は、立場が逆転しているのはよく分かっています。
本来ならば、医療者側が患者や家族に十分な説明をするのが本筋ですから。
だけど実際の医療現場はそこまで時間や人手は足りていません。
だからといって医療者の不備に文句を言って命を捧げるのは割に合わないでしょう?

僕らが、お世話になった病院・医師・関係者を尊敬して、そして心から信頼していたのには、その期待に応えてもらえたからです。
僕らもそれを築く努力をしました。
一緒に戦ったのは、病ではありません。
僕らの人生の最大の困難に立ち向かってもらったと思っています。
(だから、最後に病院に挨拶に行ったときに、すごく寂しくなったんですけどね)

どこの病院でも・・・ってことではないとおもっています。
だけど、僕らがお世話になった病院では、関わってくれた誰もが「ポケットに入った0.5秒」を出してくれました。
本当に感謝しています。ありがとうございました。



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  1. 2018/06/16(土) 19:35:55|
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僕らにとって3年11ヶ月は

たくさん色々なことを書きたい気持ちがありますが、何を書いていいかわかりません。
ちなみに、通夜・葬儀については、余りにも記事としては「普通」になってしまいそうで、ただの記録になってしまいます。
なので、よほど気が向いたら書こうかな?と・・・・

僕らにとっての3年11ヶ月とタイトルしましたが、実際には、僕とカミさんとでは立場がまるっきり違っているはずです。
だから本当に「僕ら」なのかどうかは自信がありません。

病気が判ってから、僕ら2人の関係はかなり強い結びつきになりました。
例えば、よくある話で、会社の同僚と飲んでいて夜の10時頃とかに「もう一件行こう」と言われたとします。
仕事だからと割り切れば仕方が無いことかも知れませんが、それでも「ああ、カミさんに愚痴を言われるよな~」ぐらいには考えるでしょう。
僕は、カミさんが病気になってから、それがなくなりました。
とにかく一緒にいる時間を多くしたい、と思ったんですね。
最初の方のブログの記事にこんな事を書いています。
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-21.html

「手術は、そんなに大げさではないのですが、はじめて入院させたその日。
病室の窓側のベッドに入ったのですが、そこは帰り道になるところでした。
3階の窓から手を振っていた姿をこの後毎回見ることになり、その度に涙がこぼれました。」

だけど、それでも本人にとっては、まだまだ不十分だったようでした。
カミさんも、僕も、実家で商売をやっています。
車の移動時間で大体40分ぐらいかかります。
だから、お互いが単身赴任のような状態でした。
元々は、僕の実家の近く、つまり会社の近くに2人の住居は借りたのですが、そのような事情によりほぼ僕が寝に帰るだけの部屋になってしまっていました。
僕的には、いつでも帰ってこられるようにと思っていたのですが、そのうちにカミさんは実家の生活の方が楽になります。
それは当然でしょう。
そして、闘病するにつれ、ほぼ僕らの部屋には帰ってこられなくなりました。

確かに、それは本人のワガママで実家の店をやることになったのですから困ったモノではあったのですが、彼女にしてみると一緒にいる時間をもっと増やしたいとも思い始めていました。
そして、転移が判って、年が明け、今年になってからは僕がカミさんの実家から通うことが多くなっていきました。
彼女の言葉を借りると「僕と一緒に暮らしたい」と。

僕らは、子供のようなやりとりをするようになりました。
それはとにかく、病状で不安になったり、落ち込んでしまうことを避けるためだったのですが、ホンのつまらないことでもお互いに笑い合うようにしていました。
子供のようにドライブに出掛け、水族館に行き、お菓子を買って・・・・

元気な大人なら「何を子供じみたことを」というようなことを一緒にやっていました。
いつもだったら「何をふざけてるんだ」とか「もっとしっかりしてくださいよ」とかいいそうなことを、一緒に楽しんでいました。
まるで付き合い始めた恋人のような感じでした。


商売をやっている人と、会社勤めの人とでは、生活に於ける心配事が根本的に違います。
今月末の支払いが・・・とか、売り上げが・・・とか、その点で、2人の感覚は一致していましたね。
そして、がんという病気が思っていた以上に世間とずれているという点でも、他の人に話せない悩みを抱え、2人だけの闘病になっていきました。

2人は、仕事の関係上、ともすれば疎遠になりがちな夫婦生活、関係を
闘病を軸にしてより強く生きたんだと思います。

だから、ものすごく濃厚な夫婦生活を送ったと思っています。
そして、だから、病院の先生や看護師さん達みなさんが、僕らの人生の味方だと思っていたんです。

その意味では、今の寂しさはかなりキツいものになってしまっています。

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  1. 2018/06/13(水) 16:31:35|
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病院とのお別れ

今日は、病院に最後の治療費の支払いと、診断書の請求・・・・
そして、各科にご挨拶に伺いました。

一番たくさんの思い出がある場所です。
一番明るく過ごそうとした場所です。
だから、気持ちが揺さぶられるのは覚悟の上で向かいました。

最初は外来。
いつもの受付の「アラレちゃん」は、いませんでした。
が、最後にお世話になった看護師さんが出てきてすぐに名前を呼ばれました。
心配して下さっていたみたいです。
最後の受診に、一番厳しい見立てを言ってくださり、一番手を尽くしてくださいました。
そこにアラレちゃんが戻ってきました。
「僕らは、あなたの受付での笑顔がとても気に入っていたんですよ」と伝えました。
ありがとうございました。

次は、一番お世話になった入院病棟。
ナースステーションに顔を出すと、みんな「あら、あら、あら・・・・」って感じで・・・
すぐに師長さんを呼んできてくださいました。
もう、名前を思い出せない悪い癖を反省しましたよ。ごめんなさい、みなさんに感謝しています。
しばらく話をさせて頂き、最後の夜に「泊まっていった方が良い」と言ってくださった看護師さんにありがとうと伝えました。
看護助手のみなさん、そしてクラークさん、ありがとうございました。

景色・・・見えるもの全てが、様々な思い出をよみがえらせます。
凄くつらい・・・・だけど、何かそういう気持ちとは微妙に違う何かを感じます。

緩和外来にも顔を出します。
ここも、無理難題を引き受けてくれた場所です。
担当の看護師さんも、忙しかったでしょうに、戻ってきてくださいました。
たぶん、最後の本音を語った方は、この方なんでしょうね。
本当はもっともっとお話を伺いたかったです。
ありがとうございました。
担当の先生と、音楽の話をしたかったです。よろしくお伝え下さい。

そして、がん診療相談室。
ここは愚痴も聞いてくれたし、最後の治療のコーディネートすらしてくれたところです。
感謝するのと同時に、ここがもっと頑張れると、がん患者・家族はもっと楽になるだろう、
っていう課題を偉そうに話してきてしまいました。
ありがとうございました。

診断書の申請をしながら、支払いを済ませ、駐車料金の前精算をしながら。。。
さっきの違和感に気がつきました。

僕の正確な気持ちは
「今のところ、もう、この病院に来ることはない」というもの凄い寂しい思いでした。
この病院に来ることは、その都度、僕らの生きている証で、自慢・・・というか、誇りでもありました。
みんな、僕の顔を知っていてくれてる。大病院なのに・・・

本人は、辛い場所だったかも知れませんが、僕らはここで喜怒哀楽を共にしました。
そして、その全部のシーンにここの方達が関わっていて、一緒に過ごしてきたんだと思います。
僕らは、治療に際して、標準の真ん中ではなく、常に上に行く可能性を目指してやってきました、
それを全力でサポートしてもらいました。
いわば、僕的には、戦友というか、親友というか・・・
そういった信頼していた人達に、もう今のところ会う口実がなくなったわけで、
いわば、大事な人達との別れでもあったのでした。

僕らの人生を本気で支えてくれていた人達と、会えなくなった。
これが、ものすごく寂しくて、駐車場から車を出すときに、恥ずかしながら号泣してしまいました。

みなさん、ありがとう。
僕に何かお役に立てることはありませんか?と言いたいのをグッとこらえて、4年の戦いに終わりを告げました。

・・・・だけど、先生には、もう一度会った方が良いのかな?  (^^;


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  1. 2018/06/07(木) 22:27:34|
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“最先端”がん治療トラブル

亡くなったあとのことや、感想などもたくさん書きたいのですが、どこから書いていいか判らず・・・
ちょっと時間がかかるかも知れません。

で、昨日のNHK クローズアップ現代 “最先端”がん治療トラブル ですが、
さまざまなところで頷かされる内容でした。

番組内容を簡単に言えば、
「標準治療ではなく、自由診療となる治療に高額な費用を払っても頼ってしまうのか?」といった内容でした。

記憶から書いていきますから、勘違いや、記憶漏れがあるかも知れません。
まず、この番組では、「最先端と言われる治療」を「あまり勧められない的」には扱っているのですが、決定的な失態(表現されていなかったこと)があります。
それは、一番最後に書くこととしますが、その「失態」部分こそが、この問題の一番大事な点だと思うんです。

いわゆる「インチキ療法」などの良くある言い回しについては、良く描かれていたと思います。
例えば「日本ではじめて認められた」とか「これで治ります」とか。
そして、そこに辿り着いてしまう手順が、インターネットである点も見逃せません。
今回の例では、若い息子さんがネットで情報を探したとのことですが、ここに大きく頷く点がありました。
最近の学生が「ネットがなければ宿題が出来ない」と言っていると聞いたことがあるからです。
つまり、彼らにとってネットの情報は、簡単で単純な宝探しと同じで、疑いの余地が入っていないというものです。
ネット詐欺が無くならない理由も分かります。
教育課程で「○○は、××だから、○○である」という一方通行の解釈を教えるだけとなっていることは、事実であるかどうかの検証過程をすっ飛ばした習慣を植え付けます。
そして、その情報が「正しい情報」だったとしても、尊いものだとは思わずに、いとも簡単に手に入るモノだと思いこんでいます。
音楽や映像の不正視聴が減らないのも、同じところが原因かも知れませんね。

次に、医師とのコミュニケーション不足。
実際に、僕らもその信頼関係を気付くのには相当な苦労をしました。
僕らが医師を理解しているかどうか?というものと、信じているのか?というものと、言うことを聞くのか?というものは、似ているようで違います。
そして、その医師に「見放されないようにしたい」という気持ちは、医師に質問することすら遠慮する原因にもなっています。

「大丈夫ですよ」と言えない医師。それはその通りです。がんに「大丈夫」は余り存在しないからです。
だからといって、全て「判らない」と答えるのは不誠実です。
どこまで判っていて、どこからが不明瞭なのか?
これを理解するには、患者側も「治る・治らない」だけの視点から離れる勇気が必要です。
しかし、現実の医療現場には丁寧に説明する時間が無い、患者・家族の理解度との乖離、これらが大きな隔たりを作っています。
その点、アメリカでの取り組みは「なるほど」と思えるものでした。
説明専門スタッフというのは、患者の細かな気持ちもくみ取れます。これは、がん相談サロンなどとはちょっと意味合いが違うなと思いました。

これら、現代の日本のがん治療に於ける問題点・・・・これに対して、あたかも「標準治療が答え」という感じの番組の印象でしたが、僕はここに番組構成的に「決定的な失態」があると思いました。
それは、「標準治療は、多数の集計から、一番効くだろうと思われる治療ではあるが、全ての人に必ず効く治療では無く、その確率は低い場合は3割にも満たない」という点を言わなかったところです。
これを言って、さらに自由診療に対して「国が医療費として負担していないのは、今のところ、多数にとって効果があると証明されていないからだ」と続けて欲しかった。
そして、「どの治療からはじめるのかを選ぶのかは簡単では無いが、確率の高い治療からはじめた方が良い。そうすると、保険診療が最初に来て、医療費の点でも負担が少なくなる」と続けて欲しかったんです。

僕らも、何度か樹状細胞ワクチンなどに興味を持ったことがありました。
ですがその時に、その都度、保険診療で出来る治療との比較が出来たんです。
だから、よく僕が例えで使う「代打で桑田を使う」必要は無かったんです。
そして亡くなるまで、その治療は僕らにとって「不満」ではありませんでした。

標準治療は、万能ではありません。だけど、その他の自由診療は、さらに成績予測が不明です。
もしかしたら、あなたにとっては、その自由診療の方が圧倒的に良い結果になるかも知れません。
それは、わかりません。
何を根拠に治療を選ぶのか?そして、その確度は?そして、覚悟は?
こういった患者・家族の決断が求められているわけです。


長くなりました。
そんな感想です。

みなさんは、いかがだったでしょうか?
僕は、この番組を見て、「ああ、僕らと、担当医師・看護師は、うまくやれたんだな」と安心したのが本音です。



テーマ: - ジャンル:心と身体

  1. 2018/06/06(水) 21:33:14|
  2. 現在進行形
  3. | コメント:2

間に合うかな?

https://www.nhk.or.jp/gendai/schedule/

“最先端”がん治療トラブル

後で感想書いてみます
  1. 2018/06/05(火) 20:48:38|
  2. 情報収集
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