がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

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手術翌日から退院まで

ICUには、手術当日を含めて2泊いたことになります。
ICUの面会時間はかなりキッチリ決められていて、待合室に集合して、みんなで入るって感じでした。
手術直後は、まだ麻酔がかなり効いていたのですが、翌日はだいぶつらかったらしく
「話すのつらい。ごめん、今日は帰って」と言われ、とりあえず退散。
次の日は、一般病棟に戻っていました。同じ部屋です。
同室の方から「よかったねー、がんばったねー」なんて言われてちょっと照れくさいですね。

まだ点滴や様々な管が繋がれています。
今まで、内視鏡の手術などは何度も経験しているので、ある程度は想定していましたが、今回はさすがに体を動かすのがツラいみたいです。
そう。割と楽な手術をたくさんやっていたせいで、想定内で理解できたことと、想定外で理解できないことが同時に起きていました。
例えば、立って歩くことは早めにやった方が良いのは知っていましたし、なによりもトイレには自分で行きたかったようです。
ですがさすがに内視鏡手術とはわけが違い、かなり大変な思いをして動いていました。
いや、結局は歩いているんですから、それには驚きましたけどね。
食事も、病室に来て3日目あたりかな?本当に水のような重湯とかがでました。なかなか完食にはならなかったようです。
幸い、合併症などもなく順調で、若干の炎症はあったものの傷の治りも早かったようです。
だけど、開腹部だけではなく、肋骨の下の当たりが痛かったようです。
これは、開腹時に広げておく器具が当たっていた場所らしいのですが、本人は肺とか胃が痛いのか?と心配だったようです。
で、この部分と開腹部の傷の痛みがあるので、真っ直ぐ寝られない状態が続きました。
リクライニング状態が一番楽な姿勢だったようです。
痛みが強い場合は、看護師を呼ぶことなくプッシュスイッチで痛み止めを注入できるようになっていました。

立って歩くにも、なかなか真っ直ぐな姿勢は難しく、それでも、病棟の廊下を2周もすれば、300m位は歩いたことになるのかな?
そんなことを午前と午後にはやっていたようです。

食事はなかなか完食にはなりませんでした。
個人差があるので、少なく配膳されるわけでは無いとは言われましたが、本人にしてみれば「食べられていない」という認識だったらしく、胃腸を取ったんだから仕方が無い、っていう感じにはならなかったようです。
痛みもなかなか引かず、トイレは下痢の回数が増え、今までの手術の感覚からすると、全く良くなっていない感じが続きます。
確かに、手術直後から比べたら、少しずつ変わってきてはいるのですが、全然許容範囲になりません。
不安にはなるのですが、退院まではどうなのかな?と考えるようにしていました。

12月に入って、手術から1週間が過ぎ、色々な管徐々にが抜かれます。
腸への直接の栄養投与が抜かれたのは嬉しかったですね。とりあえず、消化器官に大きな問題が無いということでしたから。
今まであった臓器が、ちょっとずつなくなっていて、場所もちょっと違って収まっているのは、おそらくリストラと配置換えされた部署みたいなものでしょうね。
小腸にしてみると、十二指腸はなくなっていて、突然胃からのものが送られてくるわけですから、異物として早く排出したいと思うわけです。
神経節の切除も影響していますが、この状態に胃腸が慣れるのは時間が掛かるだろうな、と思いました。

そんなことをしているうちに、2週間が過ぎシャワーも浴びられるようになっていました。
どうも全部脱いだつもりでも、帽子をかぶっていたことを忘れていたらしく、そのままシャワーを浴びたらしいです。
ちょっとしたトラブルも笑える状態にはなっていました。
病棟にクリスマスツリーが飾られたときは、勝手にサンタクロースになったつもりで、長靴のお菓子を飾っておきました。
もう、見つからないようにやっているので、不審者感満載です(笑)
(あとで、看護師長には伝えておきましたけどね)

全ての管が抜けて、点滴も殆どしなくなってきたあたりで、担当している医師の一人から
「退院はいつ頃にしますか?」と聞かれました。
いやいや、それって、僕らが決めて良いことなの?って思ったのですが、病院的にはあとは回復を見るになったと。
結局、その3日後、入院期間23日間で退院することになったのですが、
まだ真っ直ぐ寝られる状態ではないし、痛みは若干あるし、食事は通常の1/3なのに、退院?
本人は「え?ここまでしか治らないの?」と思ったそうです。

それは、かなりがっかりしたようです。
クリスマスには、チキンやケーキが食べられるかもしれないとか、正月には・・・とか考えていたようでしたから。
僕も、はじめて「え?こんな感じなの?」と考えながら表情には出さず、若干の後悔もあったのは事実です。

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  1. 2016/11/27(日) 10:18:21|
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手術

手術当日、朝早くから病室に向かいました。
今回は、かなり長時間の手術になるのは判っていたので、枕や毛布なども準備しました。
実際、どれだけ寝られるか?っていうと、かなり自信が無かったのですが、家族控え室という和室を使えるので用意しました。

今回の手術内容は、亜胃温存膵頭十二指腸切除術。
痛がっていた胆嚢ともおさらばです。胃の幽門付近、胆嚢、胆管、膵頭部、十二指腸を切り、若干の周辺神経・リンパの切除と血管の再建です。

おそらく、順調にいったとしても、10時間以上の手術です。
色々な話を総合すると、12~13時間らしい。
普通に椅子に座って待っているのは無理な時間です。

ただし、開腹後の迅速洗浄細胞診(おなかを開けた後、そこに生理食塩水を入れ、抽出し、顕微鏡で観察して幹細胞の浮遊の有無を確認する)で陽性で、腹膜播種があった場合、もしくは血管の再建が出来そうにない場合、もしくは・・・・と色々条件が付いて、ただ胆嚢摘出だけで閉腹。
こうなると、おそらく3~6時間で終了でしょう。

手術室には、担当看護師に付き添われて歩いて(途中エレベーターはありますが)向かいました。
ここから先は、本人は何度も歩ったところですが、僕は全く知らないところです。
空元気でしょうが、笑顔でハイタッチで手術室に向かいました。
ついに、この時を迎えました。

看護師は、そのあとICUに戻るので、その場所の説明をしていきました。
ですが、そんなことはどうでも良くて・・・
「どちらで待たれますか?」と言われたので、
「おそらく、家族待機室でしょうが、売店とかもウロウロするので、携帯に連絡下さい」
なんて、生意気な返事をします。

最初に向かったのは、まずは病室です。
同室の人に「送ってきたの?」言われたので、「はい、10時間以上掛かるでしょうが、掛かってくれないと困りますね」
なんて、事情が分かる者同士の会話をしました。
枕と毛布を抱えて、待機室に入り、勝手に暖房のスイッチ入れたりして、リラックスできるようにセッティングします。
そのあと、コンビニに行き食料を買い込み、朝食。
おそらく、このタイミングで呼ばれることは無いだろうと言うことで、少し眠ります。
目が覚めたのは11時過ぎだったでしょうか?まだ、3時間しか経っていません。

喉が渇いたので、またコンビニに行き飲み物確保。
ついでに、カットフルーツなども買ってきました。が、飲み物を飲むのが精一杯。
これから、7時間経過するまでが苦痛でした。
つまり、そこで呼ばれたり、先生が来た場合は、ガンは取れなかったと言うことになります。
待機室の前を誰かが歩く足音や、遠くの方で鳴っているナースステーションの電話呼び出し音が恐ろしくてたまりません。
寝ようにも寝られません。
6時間が過ぎたときに、トイレに出たときでした。
知り合いの看護師と目が合って、声を掛けてきました。
もちろん、手術後の呼び出しで無いことは分かっていましたが、面会時間ではないのにどうしたのかな?という感じでした。
「あれ?今日はどうしたんですか?」と聞かれたので
「今日、手術の日なんですよ」
「え?また検査?」
「いや、本番の」
「わー、大変だねー、ってか、おめでとう!」
「いや、まだわかんないからねー」
「執刀医は、○○先生かな?」
「そう」
「じゃ、大丈夫だよ」
なんて、根拠のない(?)励まされ方をしたりして・・・

7時間経っても、まだ安心できません。
何度も時計を睨みますが、なかなか針は進みません。
ついに、8時間経過。
もう、気持ち的には「あー、じゃあ、あとは○○先生、ゆっくりでいいから、思う存分やってください!」
って気持ちになりました。

途中、ちょっと寝ることが出来ましたが、1時間ぐらいかな?
内視鏡検査の家族の方が、一緒になって、少し喋っていました。
夕飯も再度コンビニで買って・・・だけど、どうしてもさっぱりしたものしか食べられませんでしたね。
カットフルーツ食べて・・・というところで、その家族の方は手術が終わったようで呼ばれていきました。
「頑張りましょうね」なんて言葉をかわしたと思います。

実際、ここまでで10時間ぐらい、あと何時間かかっても良い、って思ったのは本当です。
手術を成功させてもらいたいって言う気持ちもそうですが、待つ体制を整えていたっていうのも余裕あった理由でしょう。
結局、13時間過ぎた当たりで主治医が「あー、こちらでしたか」って入ってきました。
あと、どこにいけるんだ?とも思いましたが。

「癌は、摘出できました」
「あー、ありがとうございます」
「血管再建で、ちょっと流れが悪かったので、やり直しがありましたが、予定通りに出来ています。あと、今、縫合しているので、あと1時間ぐらいでICUに入ると思いますよ」と。
「先生、播種や転移は無かったって事ですよね?」
「ああ、大丈夫です」
「洗浄細胞診は?」
「マイナスでした」
ここではじめて、頭を下げて、握手を求めることが出来ました。

ここからの、1時間半は結構長かったように思います。
ICUの待合室でも、しばらく待たされ、一言二言・・・おそらく「がんばったね!うまくいったよ!」ぐらいしか言えなかったと思いますが、本人は認識できていたようでした。
結局家に着いたのは24時頃になっていました。
後で判ったのですが、麻酔管理時間は13時間40分となっていました。

入室してから、再開するまで、15時間ぐらいかかったことになります。
興奮して、なかなか寝られなかったことを良く覚えています。

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  1. 2016/11/24(木) 22:56:47|
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手術の準備

手術までのところをちょっと書いておきます。

もう入院までは慣れています(13回目です)が、今回の入院はもともと長引くことが判っていました。
月曜に入院して木曜日の手術、全体でだいたい3週間ぐらい掛かると。
ただ、もう10月になっていましたから、あまり遅い時期になってしまうと正月を挟みそうでしたし、かといって年が明けてからでは検査した意味が薄れてしまいます。
とりあえず、それまでは、3週1休のGEM+パクリタキセルをするのですが、どこで手術を入れるか。

話し合った結果、11月の後半に手術して、年内退院を目指すというものでした。
ただこれは、余談にはなりますが、高額療養費(健康保険)の面から言うと、月内で完了するにようにしたほうがいいです。
というのは、例えば、トータルで200万の医療費だったとして、その月に全部終わる場合は限度額内での支払いで良いのですが、月を跨ぐと、結局2ヶ月に分けて請求されるので限度額での支払いが2回になるのです。
まぁ、こんなことをごちゃごちゃやって手術日を入れられないのも困るので、おまかせにしました。

11月21日入院、24日手術と決まりました。
おそらく年内中の退院となるでしょう。
それまでの抗癌剤は、5回になります。

軽い方だと言われていた副作用も、もう2年目当たりにはつらくなっていて、本人は、はやくこの副作用からさよならしたい、と言っていました。気持ちの維持も大事です。そろそろ限界かも知れません。

さて、手術について、いろいろと説明されますが、殆ど理解していることばかりでした。
前出の術中死亡の可能性や、開腹時の洗浄細胞診、腹膜播種の可能性、血管の状態など。
術後の副作用、回復までの状態。
文書には「取り切れる可能性は50%」と書いてありましたが、主治医は「いや、確率と言うよりも、半々という日本語の方が正しい」と、なんとも不思議な説明をしました。
まぁどの様な状態で切れなくなるかは知っていましたから、それは仕方ありません。

お店を休む準備をして、かなり退屈になるだろうと言うことで、病室のテレビではなく、携帯などのテレビを受信する準備とか。
期待と不安が入り交じった1ヶ月半を過ごしました。
そして、いよいよ入院です。
4人部屋ですが、あんまり変な人が同室にならなければ良いな(^^; なんて思いながら。。。

ちなみに、病棟内はかなり暖かく、着ている物の季節感はあまりありません。
だけどどうしても、ちょっと多めのタオルなどを持って行くために、荷物が増えます。
あ、あとは、不足分をコンビニなどで買い足せば良いのですが、ベテラン(笑)なので大抵のものを持っています。
それをバッグに入れるものだから、なおさらなんですけどね。

・・・という準備でついに、手術の入院となりました。
いつぞやの看護助士さんがいつものように「あらー、また入院?大変ねー」なんて言ってきます。
ちょっと自慢げに「今度は切除の手術なんです」なんて言うと「おめでとー」なんて。
いやいや、まだ手術できたわけじゃないんだけどね。

だけど、この病気がなかなか手術に至らないことを知っているからこそ出た言葉だと思いました。
「3週間ぐらいよろしくお願いしますね」と言葉をかけて病室に入りました。

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  1. 2016/11/21(月) 17:35:35|
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「手術して、更なる延命」の意味

http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-30.html
手術をするか?

この記事で、ちょっと書き足りなかったことがあるので。

手術の説明書は、もっと丁寧に書かれていて、「手術して、更なる延命」の部分は私が意訳した感じです。
今、説明書を読み直しているのですが、もしかしたら文章や単語から受ける意味は、私と同じでは無いかも知れません。
その部分だけを取り出すと「長期生存の可能性がある」と書かれていますが、前後の文章を含めた意味では「更なる延命」となります。

これ、前にも書いた「治るか、治らないか」という視点ではわからないのかもしれません。
手術後、ずっと生きているわけではなく、寿命というものが最大だというのは当然のことです。
では、その寿命の前に、どんなことがおきるのか?
事故や事件というのもあるでしょう。他の病気とかね。
じゃ、今回のすい臓癌に関して言えば、
再発、転移。
だけど、これは再発や転移だけではすぐに命を落とすことはありません。
その癌が、及ぼす様々なことが、生きていくことを困難にした場合に、寿命の前に亡くなる、ということです。
もちろん、再発・転移がないに越したことはありませんが、完治と言えるかどうか?は、実は本人の認識次第の状態なのです。
再発・転移が無い状態が「続いていれば」、それを完治したと思っていても良いでしょう。
また、再発・転移があったとしても、コントロールできていれば、そのまま寿命を迎えることも出来ます。

ここで重要な考え方は、現在の状況と、「コントロールしきれない状況で死に至る」プロセスを理解することです。
逆を辿ってみていきましょう。
死(寿命)-再発・転移無し このケースは一番願っているケースです。
では、再発・転移した場合に、コントロールできて、つまり増殖・拡大もなく不全状態にならないのなら、
死(寿命)-再発・転移あり です。
この、再発・転移がいつあるのか?それとも、何回かあるのか?
これの確率を下げる治療が、寿命に近づけるわけです。

手術する場合と、しない場合では、体に存在する癌の量が全然違います。
手術をしない場合は、癌そのものを体に残しているわけですから、転移の可能性が非常に高い状況なのです。
手術をした場合でも、もしかするとがん細胞がどこかに残っていて、増殖する可能性はあります。しかし、その細胞塊が大元の癌の大きさになるまではかなりの時間を要します。その間に、押さえ込む方法を検討する余地もあります。

このように流れとして考えた場合に、単純な言葉で「完治」と言わないのは、心情的には気分が良いものではないですが、非常に正確な言い回しであることも判ります。
きっぱりと別れたいのは山々ですが、なかなかそうもいかないのが癌治療です。

完治という状態は、本人や家族、もしくは医師の考え方・感じ方、というものなのです。
「もう心配ありません」は言って欲しい言葉ですが、そうではない現実は、健康体にも有り得ることです。
健康なときは、その可能性を見ないようにしているだけなんです。

「更なる延命」というのは、命には限りがある、というのをしっかり見据えた考え方だと思っています。


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  1. 2016/11/10(木) 09:07:54|
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手術をするか?

5回目の洗浄細胞診を終えて、体の状態はこんな感じです。
ちょっとおさらい。

大元は、膵頭部癌、胆嚢炎
一旦は、洗浄細胞診陽性、腹膜播種発症、卵巣癌というところ。これはステージで言うと4bです。
それが今は、洗浄細胞診陰性、腹膜播種なし、卵巣癌なし。腫瘍の血管巻き込みが1/2以下。
これはステージで言うと3ということです。
これで、術前化学療法も2年ほどという非常に珍しい経緯の手術適応の患者ということになりました。

主治医と、これからの治療について相談しました。
提案された方法は4つ(!)

1・手術をする
2・抗癌剤治療を続け、再度洗浄細胞診をする
3・抗癌剤治療を継続する
4・なにもしない

いやぁ、もうきっちりしています(笑)
完全にこの病院で出来る全部の方法ですから

そして、それぞれのリスクとゲインを説明されました。
1の手術は、当然更なる延命(根治では無く、延命と説明書に書かれていました)を目指すには不可欠ですが、当然術中の死亡率(全体の3%)と50%ぐらいの合併症の可能性があること。開腹してみて、様々な要因から切除できない場合があること。
2と3は、抗癌剤がどこまで効果継続するか、と言う問題があります。ただし、現在の体調を維持できるのでそこに満足するかどうか?そして、1の手術のリスクを回避は出来るわけです。
2の洗浄細胞診を再度行うメリットは、検査の確度が上がるというものです。術前化学療法の期間が短い場合などは意味があるでしょうね。
で、4については、それこそ治療という意味では、全く考慮できないものです。
ですが、もう手術も検査も抗癌剤の副作用もいやだ、っていうことは有り得るでしょうね。

さて、どうするか・・・
僕としては、何の迷いもありませんでした。
まぁ「手術して、更なる延命」という言い回しとか、気になるところはたくさんあったのですが(いや、非常に正確な言い回しとも言えます)、手術をしないなんてことは、あり得ない選択でした。

ですが、本人の気持ちはちょっと違っていました。
「せっかくここまで来たのだから、完全になったところで手術したい」と。
つまり、2か、3のあとに1の手術をしたいというものでした。
おそらく、せっかく開腹しても切除できない場合があることや、術後の生活、そもそも手術への恐怖、それらも一緒になった気持ちだと思います。

医師にしても、「その時の結果」というのは、その時であって今ではない、と考えるなら、確度を上げるという考え方もわからないではない、との意見です。
さて、どうする・・・・

結果的には、手術のスケジュールを今から入れたとしても、1ヶ月以上先になりそうだから、それなら2ヶ月ほど抗癌剤をやって、CTと血液検査で問題なければ手術をするという、選択肢の折衷案にまとまったわけです。

本人の恐怖は並大抵では無いと思います。
もしこれが、実生活で苦労しているのなら、「早く手術して」という気持ちも分かりますが、少なからず抗癌剤の副作用はあっても、そこそこ普通に生活はしていたのですから、新たな環境は全く予想できません。

が、ただし、僕はこう話したのを覚えています。
「術中死亡率などは、全国的な平均でしょうから、この病院ではもっと下だというのは理解しています。全くゼロに出来ないのは当然です。合併症が、どうしてもその確率が高いのはテクニックだけでどうにかなるものではないのも理解しています。ただ、この病院だったらその事後に当たるのも、各科のエキスパートがいるわけですし、その連携が良く取れているのも知っていますから、その意味では安心しています」と。
そして、
「先生、それでも、開腹中や様々な場面で、予想外の場面、または判断に迷う場面があると思います。その時は、僕らに説明しなくとも、その場でチャレンジングな方を選択して下さい。ギャンブルではないのはよくわかっていますし、先生達の判断基準は知っているつもりですから」と。

先生からは
「まぁ、5回の検査はだいぶチャレンジングですが」と笑われましたが、僕らにしてみれば必然の流れです。
だから「それは、感謝しています。千載一遇のチャンスだと思っていますから、念のためですよ~」とお互いに笑いました。

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  1. 2016/11/07(月) 15:40:36|
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