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がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

記事感想「【膵臓がんをあきらめない】膵臓がんの根治は夢ではない~

【膵臓がんをあきらめない】膵臓がんの根治は夢ではない 手術ができるまで腫瘍を小さくする術前補助療法
この記事、これから5回の連載らしいですが、その1回目で感想を書くのはどうか?と思うんですが・・・・
でも、感じたこと。

僕らも手術不適から術前抗癌剤で手術適応になりました。(いわゆる、ボーダーラインやらコンバージョンのあたりです)
この記事を読むと、おそらく詳細を知っている人と、知らない人での印象は全く異なると思います。
実は僕らも、病院で詳細に説明を受けるまでは「小さくなったら手術をする」っていう印象を持っていました。
その印象は、おそらくドラマや知人の話からだと思います。
もしかすると、それらを聞いた時期の治療はそのようなものだったのかも知れません。
が、実際の「術前抗癌剤」というのは、そういう類ではないのです。

そもそも、癌の治療を「治癒」・・・つまり「寛解」を目指しているのが普通だとすれば、手術をする必要があります。
現代の医学では、寛解のためには外科的に腫瘍を取り除くことが唯一の寛解への道だからです。
ですが、病態によっては手術が「できない」という診断になる場合も多いです。
膵臓癌は特に発見が送れる場合が多いので「手術できない」ということは多いですね。

さて、ここで「手術ができない」という意味をよく考えてみましょう。
正確には「手術ができない」というのは、技術的な面も含めて「手術をしても患者に利益がない」という状態です。
取り切るだけではなくて、その後の再建が可能なのかどうか?
再建したとして回復可能なのかどうか?
合併症の対策は取れるのかどうか?
その後の生活は可能なのか?
転移・再発の可能性は低く見積もれるのか?
これら全ての可能性を考慮して、はじめて手術にGOサインが出されます。
決して「大きいので、小さくしてから切りましょう」ではないのです。

手術が出来ない場合も、出来る場合も、今は術前抗癌剤治療をする場合が多いようです。
転移・再発の可能性を低く出来るだろうからです。

で、特に知らなかったこと。
腹水細胞診断と内視鏡検査。
これは、癌の転移の可能性を探っているものです。

手術で「目に見える癌は取りきりました」となったとしても、腹膜や他臓器に小さな転移が見られる場合、もしくは腹水に癌細胞が浮遊して存在している場合、これらは早期転移・再発の可能性が非常に高いです。
順番としては、主腫瘍-血液・リンパ液・腹水-他臓器定着-成長-転移
ということです。
既にCTで転移しているのが見られる場合は、転移ルートが体に存在しているわけですから、手術しないのです。
正確には「手術できない」のとは違います。
目に見える(CTには写らない大きさ)微小転移を内視鏡で、さらに転移経路の腹水にがん細胞がないかどうかの検査。
これをクリアする必要があります。
**もっとも、これらを検査せずとも技術的に主腫瘍を取って、術後抗癌剤に懸けるという手もあるでしょう。それは、病院や医師の方針によります。

そうすると、「手術ができない」原因としての腫瘍の大きさの他にも、もっと大きな転移・再発の可能性を防げる状態にするために、抗癌剤治療の目標は向けられるわけです。
流れとしては・・・
手術が出来る場合「術前抗癌剤治療」
手術が出来ない場合は、どちらにせよ抗癌剤治療。そして、あわよくばコンバージョンになって、結果的に「術前抗癌剤治療」
そう考えると、僕の印象としては、全てが術前抗癌剤治療の選択になるんだよな・・・っていう気もするんですよね。


なので、「手術ができない」というのは、この記事を読んだ限りは
「大きくても、転移していても、ブラック・ジャックのような名医だったら手術できるだろう」と考えてしまいますが
正確には、ブラック・ジャックでなくとも手術は可能だとしても、それはその後に何の利益にもならないということで「手術しない」のですね。

ここらへんを、詳しく説明しようとすると、実は大変な労力がかかるんでしょう。
だけど、それはやはり余り知られていないことです。
よって、患者・家族がそれを理解したところで、他人に説明するのが面倒になる。
もしくは、他人はそれを知らずに話をしてくる・・・・
面倒なので話をしない。。。。となって、孤立していくんです。
「名医を知っている、あの先生なら手術をしてくれる」とか言われると、すごく面倒になるでしょう。

だけど、これは、病院にとってもやっかいな認識のズレですよね。
医師や病院が考えている状況と、本人・家族が認識している状況が違っていて、治療は誤解の元に成り立ってしまっている。
もちろん、誤解だろうと何だろうと、とっとと治るならそれも大きな問題じゃないんだけど。
大抵は、長い治療期間の不安・不信の原因になっちゃうんですよね。
そうすると、医療者側だって、冒険できない。。。積極的な治療の提案が出来ない、ってなってしまう。

せっかくの記事だから、誤解の無いような記事になって欲しいな・・・と思うんです。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/12/11(火) 17:35:37|
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投資とがん治療は似ている

広告表示対策の記事です(^^;
いや、実はまだ色々と書きたいことは山ほどあるんですよ。
だけど、どうまとめたらいいかわからないものがたくさんあります。

僕がこのブログを書こうと思ったきっかけは、自分の無知に気がついたから。
無知になってしまった原因も分かったから。
そして、それは大多数の一般人が陥りやすいことだと考えたから、です。

投資に似ている、と書いたのは、がん治療に正解は無いからです。
正解という定義をどれにするかにもよれますが、
「どこを目標にしてどんな方法を使ってそれで結果に満足できるか?」を「自覚しているコト」かもしれません。

投資にも正解はありません。
誰もが「儲かりたい」と思って投資をするのでしょうし、損をしたいとは思っていないはずです。
だけど、「もしかしたらこのぐらいは損をするかも知れない」という心構えが必要なことに異論を持つ人はいないでしょう。
そして一度は誰もが思うはずです。
「必ず儲かる方法は無いのか?」と。
で、いろいろやってみて、それは「無い」という結論に達するはずです。
ただ、だからといって投資は無意味なのではなく、損をしにくくする方法は考えられるはずです。
これががん治療に似ているというものです。

現在のがん治療・・・・・を、通常の病気の治療と同様に考えてしまうと
「治癒する方法」を単純に探してしまいがちです。
だけど、医者ははっきり言いませんが「完全に誰でも治る方法は無い」のです。
治る道筋に出来るだけ確率を上げて近付くという考え方に変えなければなりません。
これは、医療者に求められるものではないんですね。

だから、とにかく勉強しましょう。
患者・家族・医療者、一緒に病に立ち向かうためには、同レベルの知識が必要です。
なので、患者や家族は医療について猛勉強した方が良い。
対して、医療者は患者の体調だけでは無く、家族を含めた環境に思いを巡らした方が良い。
そのためには、どんな方法があるのか?

やっぱり、僕ら圧倒的多数の非医療者は、治療方法を勉強して、コミュニケーション力を高める必要があるんでしょうね。
いや、それは専門職側がやるべきことだって言うのは十分判っていますよ。
だけど、それを理由に命を差し出すのは嫌ですよね?
  1. 2018/11/21(水) 13:23:26|
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ためしてガッテン「生存率が2倍に!すい臓がん超早期発見SP」を見て

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20181017/index.html?c=health
ためしてガッテン「生存率が2倍に!すい臓がん超早期発見SP」
10月17日に放送され、録画をやっと見ました。
いくつかのブログで、内容を読んでいたので余り期待はしていなかったのですが・・・
正直言って、いろいろとガッカリしたのが本音です。

タイトルにもあるように、本題は「超早期発見」です。
メチャクチャ簡単に内容を説明すると・・・
「膵臓癌の5年生存率が極めて悪い。それは、膵臓癌そのものの悪性度もさることながら、自覚症状があまりないので病状後期に発見され、治療開始になる場合が多いから。だけど、膵臓の位置が前後から隠れた場所になっているため、なかなか小さい腫瘍の段階では見つかりにくい。当然、CTなどを使えば発見できる可能性は上がるが、健康診断に含まれていない場合も多く、設置してある病院も多くはなく、見つけやすい環境ではない。ところが、膵がんの前兆の膵管拡大と、嚢胞の発見であれば、殆どの病院で設置してあるエコー検査で見ることが出来る。これだと、手軽でもあるし、診療費の自己負担も安い。この前兆を見つけた場合は、大きな病院で定期的に検査をすれば、仮に膵臓癌になったとしても、初期状態で発見できるから、治療効率が上がり、生存率上昇に期待が出来る」
・・・というものです。
もうちょっと詳しくは・・・
https://blog.goo.ne.jp/mizuironokomorebi/e/cb289b808a6d84e29ebc4d5e48f12e90?fm=rss
ここなんかいいかな?

で・・・・ここでいう「生存率」というのは、あくまでも生存率計算の「初期罹患数」を増やすことによるもの。言い換えれば、マジックです。
既に罹患している患者にとっての生存率が上昇するわけではありません。

次に、番組では、エコー検査が2000円(健康保険適用で3割負担の場合)ほどと解説していましたが、本当にそうでしょうか?
どこかで書いたかも知れませんが、保険診療というのは、薬品や、手技などそのものが保険診療になっているのではありません。
例えば、痛み止めの代表選手であるロキソニンは、当然保険診療に使えますが、これが「胃の不快感がある」として受診した場合は、ロキソニンは保険診療処方とはならない(はず)なんです。
つまり、ある種の症状や病態と薬品、手技がセットになってはじめて保険診療と見なされるわけです。

さて、今回番組で取り上げられているエコー診断について。
まだ膵臓癌の疑いも確定もない時点での検査。
しかも、その診断方法そのものが健康保険適用とは聞いていませんから、本当に3割負担で受診できるのでしょうか?

そして、その後の検査は、エコーではなく、定期的にCTなどでの診断ということですよね?
これも、診断の根拠は何になるんでしょうか?保険診療となりますかね?

----
実際問題、殆どの癌で治療効率が上ガル方法は、早期診断なのは間違いありません。
だからといって、極端な話、毎月毎月精密検査をすれば良いのか?といえば、それは現実的ではないでしょう。
だから、スクリーニングの手法が必要で、危険因子の生活習慣などから絞り込んでいくのもよく分かります。

それでも、年間1%の発見率となると、30年でも7割の人が発症しないわけで、この手法が果たして番組として取り上げるだけの価値があったのか?とも感じました。
しかし、その一方で、大多数の健康体の人達から見たら、この方法が早期発見に一番近道であるのも事実で、それしか無い状態に膵臓癌に関わる医療者が置かれているのもよく分かります。

その現状と、このタイトルの印象・・・つまり、「生存率が2倍」という言い回しのフィット感の無さ・・・
むしろ、生存率を気にしているのは、患者や家族なのに。

そう思うと、様々な意味でガッカリしたという気持ち、そして現実の無力感・・・
情報のいい加減さによって、誤解も助長されかねない?と思うと、、、、、
ガッカリ、という言葉しかありませんでした。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/10/22(月) 10:36:48|
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死に抗う?

Facebookでご存知の方は、このタイトルの内容は判ると思います。
ただ、向こうではあまり詳細に書かなかったので、もうちょっと詳しく書いてみたいと思います。

実は、このブログでずっと書いておきたいと思っていることがあります。
それは、再発後にどういう気持ちや考えで治療に臨んでいたのか?
数多ある終末期の治療選択とは若干違っていたのですが、なぜそうなったのか?
そして、その選択に後悔は無いのか?というものです。

乱暴に言えば、治療効果が望めないと判った時点で、緩和を重点に考え、体力を落とさないような生活に変えていく・・・というやり方は、十分知っていましたし、なるほどと思っていましたが、結果的にはそれとは違う方法を選んだことになります。
その選択の基準となったのは何か?
一番の要因は、実際の体の状態と、本人・家族の認識、希望的観測が大きくズレていたのが原因でしょう。
だけど、もうひとつの要因はそのような認識よりも切実に考えていた「気持ち」です。

主治医との話で、僕だけが不意に「余命3ヶ月」と聞いてしまったとき。
上腸間膜静脈部分に局所再発後、肝臓転移と脾臓に若干の腹水。
後で気がついたのは、血液検査の炎症反応は徐々に上がっていたこと。
当然、主治医はその点も見逃していないでしょう。
で、そのままの流れだったとすれば、おそらく緩和病棟に入院の手続きをして、体を楽にすることを第一の生活にしたでしょう。
そして、いよいよ空室ができて、体調が悪くなったときに、緩和病棟に入院・・・という流れ。

ですが、実際のところ、痛みのコントロールはなかなか難しかったけど、一緒に買い物をして、食事をして、冗談言って・・・という、まだまだ普通の生活をしていたのが実際です。
その状況で「あーそうですか、じゃあ3ヶ月大事にするように切り替えます」なんて出来るものじゃないです。
かといって、その3ヶ月に対して狂ったように抵抗しようとして治療をし始めたかというとそれも違います。
どちらかというと、「まだその時では無い」という気持ちがあって、その上で「何かしら治療が出来る」という希望が「その時」を少しでも遠ざけられる、と期待していたのが実際です。

「いやいや、あなたはもう無理です」と言われたらどうだったか判りません。
が、何よりも一番元気になったのは、「これからの抗癌剤治療」と言われた言葉でした。
その時の診察室から出た直後に彼女が言った「今日は良い日だ」の言葉は、未だに耳に残っています。

彼女は、再発後、僕にこう言ったことがあります。
「私は死ぬのが怖いんじゃなくて、死んじゃったらあなたに会えなくなるのが淋しい」と。
そして、
「私が死んだら、あなたがすごく悲しむだろうことが心配」と。

死そのものに対しての気持ちよりも、それによって自分が会えなくなる人がいる。
自分自身の死んだ後の状況を憂いていたんです。
この発想は、僕には全くありませんでした。

だから、彼女の場合は、死に抗っているんじゃないです。
生に拘っていた、っていうほうがしっくりきます。
生きていることによって得られている、僕らの普通の生活では当然の事象を、貴重な時間として受け止めていました。
その時間を少しでも長くするために、出来るだけの方法を探していたのかも知れません。

死にたくないと言う気持ちと、生きたいという気持ちは、似ているようでちょっと違いました。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/10/06(土) 20:59:55|
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今の僕に似ているかも

http://dasinaki.blog.fc2.com/
このブログから、はじめて友達申請(?)「ブロとも」ってやつらしいですがしました(^^;

この方は、おそらくどこかであっていた可能性もある人。
そして、病院でももしかしたら会っていたかもしれない人。

だけど、今となっては「ねぇねぇ、こんな人化学療法室で会わなかった?」っていう確認は出来ません。
僕も同じように、限られた人にしか病気のことを話していませんでした。
同じように「うん、大変だったんだけど、もう大丈夫」って言うつもりでしたから。

実は、僕のブロク、ちょっと書けないというか、書くのが辛いというか・・・そんな日々が続いていました。
僕的には、闘病記は誰かの役に立つはず、と思って書いていました。
だって、自分だって知らないことがたくさんあって、その「知らないこと」はすごく重要なことばかりだったから。
だけど最近では、「それでも治療は奏功しなかったんでしょ?」って思ってしまったり、
それ以上に、今は辛い気持ちの方が大きくて、そっちのネタばかり思いついてしまう・・・
そうすると、このブログに来る人に、読みたくないモノを読ませてしまうよな・・・って思ってしまったり。
いろいろなことを考えてしまって、ね。

ただ、末期の話は書きたいなと思っていたんです。
というのは、一応知識的にはいろいろあったんだけど、心の準備が出来なかったりで、
今まで「なるほど」と思っていた状況の最期の期間は過ごせなかったんです。
だけど、それってそんなに変だったかな?と思ったりしていたのも事実です。

ちょっと前のエントリで「殆ど後悔していない」と書いていましたし、実際この選択はそれほど間違った選択では無かったはずです。
だけど、思い返せば、「あれ?これってもしかして・・・」って思うこともいくつかあったんですよね。

そんなときに、前述のブログを読みました。
ウチのカミさんもほぼ同じようなことを言っていました。
いや、僕はそう受けとっていたって言うのが近いのかな?
それは、「何らかの治療が出来るというのが、何よりもの心の支えで、元気の素だった」ということ。
おそらく、最期の数日前ぐらいまで、そう考えていたんだと思います。
そんなことをしばらく経ったら書いてみたいと思います。

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/09/13(木) 20:56:08|
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後悔していること

タイトルには「後悔していること」と書いてありますが、実はそんなに多くないんです。
例えば、治療に関してはほぼ満足で、100点満点で言えば90点。
残りの10点なんて、もし文章にしたら大げさになるけれども、
それでもそんなことは全体のごくごく一部。

あ、そういえば、エンディングノートが見つからないってのは「まさかの事態」なんだけどね。

で、じゃあなんでタイトルが「後悔していること」なのか?

昨日、賛否両論の国民的テレビ企画、ありましたよね?
今年はマラソンじゃなくてトライアスロンやったヤツ。。。

去年も、チラチラと見ていたハズなんです。
カミさんも一緒に。
再発が見つかった直後だったから、たぶん、力をもらうと言うよりもさらに絶望を感じたり複雑な気持ちだったと思う。
僕も、それまでの数年間で
「こんなに苦しんでいるカミさんを助けて欲しい」的な感じで見ていたんだと思います。
だけど、今年は、ちょっと違った気持ちで見てしまいました。

僕は、闘病中の4年間、カミさんに出来るだけのことをしてきたつもりでした。
だけど、今思うと、それはちょっと違っていたようにも思います。

例えば、カミさんがイカを好きだったなんて、亡くなる直前に知りました。
同時に「おひたし」が嫌いだったこともその時に知りました。
もっとたくさん、一緒の時間を作ってあげられるはずでした。
それは旅行とか大げさなものではなく、近所の買い物とか、一緒に過ごす時間。
もっとたくさん、笑わしてあげられるはずでした。
もっとたくさん、安心させてあげられるはずでした。
そんな小さな事が、もっともっとたくさんできたんじゃないか?と。

テレビで夢を叶える企画に嫉妬するほど大きな事じゃなくて、
もっと小さな事(すら)をやってあげられなかったのかな?と。

彼女は1年前、手術が終わってから僕にこう言いました。
「あなたは、私のヒーローだよ。私が困ったときに、なんでも解決してくれたよ」と。
いやいやいやいや、そんなんじゃないよね。
もっともっと手軽な小さな幸せを、もうちょっと増やしてあげられたはずだから。

ヒーローは、その小さな後悔に躓いて、今でも泣き出しそうなときがあります。

これを読んでいるあなたは、ヒーローになってください。
小さな喜びを、小さな想いを、できるだけたくさん伝えてください。
大きな夢を追いかけるのと同時に、小さな幸せの積み重ねを忘れないでください。

テーマ:健康で元気に暮らすために - ジャンル:心と身体

  1. 2018/08/27(月) 22:46:59|
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膵臓癌に対しての心構え

また1ヶ月経ってしまって広告配信になっちゃったので・・・・

先月、隣の県で開催された市民講座「膵がんを知ろう!」に行ってきました。
理由は2つありました。1つは、僕らの治療選択の答え合わせ。
もうひとつの方が大きい理由だったのですが、講師が通っていた病院の肝胆膵の教授と、最初に見てもらった病院からお世話になった先生だったからです。

最初に見てもらった先生・・・これちょっとややこしいんだけど、
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-18.html
この時の先生です。この先生に出会わなければ、長く治療を続ける気になったかどうか・・・

で、内容については、非常に判りやすく、膵臓癌の基本的なことは全て理解できる内容でした。

それと、昨日だったかな?NHKの番組でも膵臓癌について解説していました。
https://www.nhk.or.jp/kenko/disease-375/
(あ、ここにもその教授が出ている)
これも、膵臓癌について、非常に判りやすい番組でした。

が・・・・・
これでいいのかな?とも思っちゃったんです。

膵臓癌を知っているということと、病気に臨む患者・家族の立ち位置ってちょっと違うと思うんですよ。
例えば、両方とも治療に関しては「手術できる場合」と「手術できない場合」について解説しています。
が、「なぜ手術が出来ないのか?」ということは、詳しく解説されていません。

僕らも最初は、技術的に困難なのか?とか、上手な先生だったら切れるんじゃないか?とか思っていましたから。
全く違う理屈なんですけどね。
そうすると、この誤解がある場合には、抗癌剤治療をやって手術を目指した場合に「小さくなってくれれば手術できる」と思ってしまう。
もっとたくさんの理屈があるわけです。
過去記事にたくさん書いてますが、
・(当然)技術的に切除可能なのかどうか?
・技術的に可能だとして、転移の可能性は低く抑えられるのか?
・転移とはどういう意味なのか?
・体力的に手術・術後を乗り越えられるのか?
・体力回復が遅い場合、術後化学療法ができるのか?
・再発の可能性がある場合、それまでに他の治療が出来る程の体力回復が望めるのか?
これら全てのことをクリアして、はじめて手術に臨むわけです。

また、残念ながら、完治を望めない場合に、どのようにして余命を寿命に近づけるのか?
といった心構えについては、その目標自体は隠されてしまいがちです。

そして、こうやって書いてみると、これは膵臓癌だけではなく全ての癌、難病の治療への心構えのようにも思えます。
病気の知識があっても、いざ当事者になったときの対処方法は、殆ど知られていません。
だから、当事者やその家族は、自分たちがそうであったように他人に癌のことを話さなくなってしまいます。
孤立していくんです。
ここをどうやったらサポートしていけるのか?

ただ、これだけは言えます。
今すぐ完治しなくとも、とにかく長く健康体で生きることに努力しましょう。
現在医学の進歩のスピードは凄まじいです。

僕らは、遺伝子検査を出来なかったことは残念ですが、アブラキサンが承認されたことによって劇的に良い方向に向かいました。
僕らが残念がっているのと同じように、この薬が承認される前に亡くなった方は残念に思っているでしょう。
だから、治療の最大のコツは、まずは体力を付けて長く生きることです。

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  1. 2018/08/17(金) 11:48:11|
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まだまだ落ち着きません

一ヶ月以上書かないでいると、広告が入るのか・・・・
ってことで、無理矢理書きます。
このブログに来られている方は、闘病中のご本人やご家族の方も多いので、なんとか参考になることを書きたかったのですが、たまにはこういうことも書かせて下さい。

四十九日が過ぎましたが、まだまだ落ち着く状況ではありません。
大分慣れたのですが、いちいち予想もしない小さいものが、彼女との思い出を、そして考えていただろう事を伝えてきます。
タダでさえ広い家なのに、ほぼ1人で生活して、店を開けて・・ってやっていたので、古いモノが捨てられずに残っちゃっているんですよね。
闘病するようになってから、その割合はかなり大きくなりました。

例えば、「賞味期限 18.3.28」と印字された白い紙製の箱が出てきました。
そうです。ケーキの箱ですね。
いつも外来の帰りにデパートなどで買い物をしていましたが、次の外来の前にボクの誕生日が来るので、そのお祝いのケーキを買ったのでした。
実は、僕自身はあまりケーキなどは好んで食べたりしません。
だけどカミさんの食の好みが子供と同じで、こういう理屈をつけないとケーキなどは食べられなかったからなんですね。

前の週の外来で、僕だけが突然に余命を聞いてしまい、緩和外来でどの様に説明されるのかで非常に苦労していたときでした。
あの日、仮にそのまま緩和入院の手続きをしていたらどうなっただろうか?などとも考えますが、当時の僕は「無理は出来ないけど、どうにかして希望を持ってもらいたい」と必死でした。
本人にそれが伝わってしまっていたかは、今では知るよしもありませんが、僕の気持ちはかなり乱れていたのは事実です。

買い物中に、僕はトイレに行きたくなりました。
荷物を持たせておく訳にはいかないので、テーブルのあるところで待っていてもらいました。
トイレから僕が出てくると、彼女はこちらに背を向けて待っていました。
彼女は僕が出てきたことをまだ知りません。
周りの誰も、余命僅かな彼女が僕を待っていて、その僕は今ここにいて、そんな関係なんてことは知りません。
つまり、この光景は、僕だけの光景なんです。
主治医の言葉通りなら、この貴重な光景は、もう見られない光景なのかも知れない・・・
そんな彼女の手には、さっき買ったばかりのケーキの箱だけがしっかりと握られていました。

こんな、箱の賞味期限表示にすら心を揺さぶられています。
当たり前の行動の、当たり前の光景は、僕にとっては貴重な一瞬だったのです。

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  1. 2018/07/16(月) 22:20:00|
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膵臓がんに関わる医療者の気持ち

これは勝手な想像ですから、実際の医療者が「何言ってんだよ」ってことになるかもしれません。
が、医療者、患者・家族のどちらにとっても読んで頂きたい内容です。

膵臓がんステージ4での5年生存率は10パーセントを切っています。
これは治療開始がかなり前の「5年前」状態ですから、今はもう少し治療成績が上がっている(はず)でしょう。
しかし、私たちが聞いた話を総合すると、「大抵1年から1年半ぐらいしか治療できないことが多い」とのことらしいです。
そう考えると、3年11ヶ月ってのはかなり頑張った方かな?・・・ってのはちょっとおいときますが。

肝胆膵の医療者は、この極めて困難な課題に毎日出会い、そして敗北していくわけです。
もっとも、結果のどれをもってして「敗北」というかにもよりますが・・・・
だとすると、この状況でどうやってモチベーションを保つのでしょうか?
以前、病棟による空気の違いについて書いたことがあります。
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-94.html
この違いは、このような「結果」によってもたらされるものも要因の一つかも知れません。

毎回、毎日、何とかして患者を救おうとしている。
(これを否定したら医療者としてなり立たないので、それはありえません。)
そして、手術不可、化学療法、増悪・転移・・・・、手術できても再発、化学療法、転移、増悪・・・・
これを「単純な日常」として生活しているはずは有り得ません。

そして、付随して必ずつきまとうのは、医療ミスの訴訟リスク。
解決策は、患者主体の治療選択と、完全標準治療の王道コース。

王道コースでは、前述の5年生存率に沿ってしまうのは明かなんです。
かといって、勝手に治療を変えるわけにもいかないんです。

このジレンマを解消する方法はあるのか?

ちょっとした創意工夫、ちょっとチャレンジングな方法。
全て、これを患者や家族は理解するのだろうか?
そして、結局王道コースに戻らなければいけない。

こんな苦しい毎日を肝胆膵担当の医療従事者は抱えているんだと思います。
医師や医療従事者の限界ではなく、現在の医療の限界がそこに見えます。

だけど、ちょっと考えてみて下さい。
おそらくですが、病院も医師も看護師も、大元の治療方針があって、それがベースになっているはずです。
これは厳格な規程ではあっても、そこには幅があるはずです。
その幅を「患者や家族が理解できている状態」だとすれば、標準治療の範囲であっても、かなり幅を持った治療の選択が出来るはずです。

どうすればいいか?
患者や家族は、猛勉強するべきです。そして、医療者の立場を理解して上げて下さい。
そうしたときに、医療者ははじめて出来る範囲内での「チャレンジ」を提案してくれるはずです。
僕は、レースでは「ポケットから取り出した0.5秒」って言っていますが、
お仕着せの治療から、もう一歩患者・家族に合わせた治療が出来るんじゃないか?と思うんです。

例えば、抗癌剤の量・タイミング。
これらは、臨床例の多い病院ほど実態を知っています。
つまり、正解から先に言えば「副作用が強くては治療が続けられない。ある程度の量を減らしても、継続する方が治療効果が高い」という経験から、柔軟に投与量と間隔を変えてくれます。
ところが、このことを患者・家族が理解していない場合(知っている、と、理解している、は別です)、
「量を減らされたから転移したんだ」とか「通常よりも間隔が長かったから癌が成長したんだ」などと考えてしまいます。
そうすると、とにかく標準量の投与だけをされてしまい、「副作用が強かったから休薬は仕方が無い」とかの領解に陥ってしまいます。

これは、お互いがガッカリする結果に行ってしまうんじゃないでしょうか?
僕は、ウチのカミさんが結果的には3年11ヶ月しか治療できなかったけど、
病院と医師と関係者の「ポケットからの0.5秒」を引き出せたから「1年から1年半」ではなく治療できたんだと考えています。

もし、病院・医師の立場を患者・家族が理解して、そして医師や看護師が患者・家族を理解して、相互の信頼関係が作られたとすれば、生存率はもっと簡単に上がるんじゃないか?とも考えているんです。

そのためには、この肝胆膵医療者の絶望感、フラストレーションを理解して、一緒に戦う姿勢を持つのは大事じゃないでしょうか?

ええ、この話は、立場が逆転しているのはよく分かっています。
本来ならば、医療者側が患者や家族に十分な説明をするのが本筋ですから。
だけど実際の医療現場はそこまで時間や人手は足りていません。
だからといって医療者の不備に文句を言って命を捧げるのは割に合わないでしょう?

僕らが、お世話になった病院・医師・関係者を尊敬して、そして心から信頼していたのには、その期待に応えてもらえたからです。
僕らもそれを築く努力をしました。
一緒に戦ったのは、病ではありません。
僕らの人生の最大の困難に立ち向かってもらったと思っています。
(だから、最後に病院に挨拶に行ったときに、すごく寂しくなったんですけどね)

どこの病院でも・・・ってことではないとおもっています。
だけど、僕らがお世話になった病院では、関わってくれた誰もが「ポケットに入った0.5秒」を出してくれました。
本当に感謝しています。ありがとうございました。



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  1. 2018/06/16(土) 19:35:55|
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僕らにとって3年11ヶ月は

たくさん色々なことを書きたい気持ちがありますが、何を書いていいかわかりません。
ちなみに、通夜・葬儀については、余りにも記事としては「普通」になってしまいそうで、ただの記録になってしまいます。
なので、よほど気が向いたら書こうかな?と・・・・

僕らにとっての3年11ヶ月とタイトルしましたが、実際には、僕とカミさんとでは立場がまるっきり違っているはずです。
だから本当に「僕ら」なのかどうかは自信がありません。

病気が判ってから、僕ら2人の関係はかなり強い結びつきになりました。
例えば、よくある話で、会社の同僚と飲んでいて夜の10時頃とかに「もう一件行こう」と言われたとします。
仕事だからと割り切れば仕方が無いことかも知れませんが、それでも「ああ、カミさんに愚痴を言われるよな~」ぐらいには考えるでしょう。
僕は、カミさんが病気になってから、それがなくなりました。
とにかく一緒にいる時間を多くしたい、と思ったんですね。
最初の方のブログの記事にこんな事を書いています。
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-21.html

「手術は、そんなに大げさではないのですが、はじめて入院させたその日。
病室の窓側のベッドに入ったのですが、そこは帰り道になるところでした。
3階の窓から手を振っていた姿をこの後毎回見ることになり、その度に涙がこぼれました。」

だけど、それでも本人にとっては、まだまだ不十分だったようでした。
カミさんも、僕も、実家で商売をやっています。
車の移動時間で大体40分ぐらいかかります。
だから、お互いが単身赴任のような状態でした。
元々は、僕の実家の近く、つまり会社の近くに2人の住居は借りたのですが、そのような事情によりほぼ僕が寝に帰るだけの部屋になってしまっていました。
僕的には、いつでも帰ってこられるようにと思っていたのですが、そのうちにカミさんは実家の生活の方が楽になります。
それは当然でしょう。
そして、闘病するにつれ、ほぼ僕らの部屋には帰ってこられなくなりました。

確かに、それは本人のワガママで実家の店をやることになったのですから困ったモノではあったのですが、彼女にしてみると一緒にいる時間をもっと増やしたいとも思い始めていました。
そして、転移が判って、年が明け、今年になってからは僕がカミさんの実家から通うことが多くなっていきました。
彼女の言葉を借りると「僕と一緒に暮らしたい」と。

僕らは、子供のようなやりとりをするようになりました。
それはとにかく、病状で不安になったり、落ち込んでしまうことを避けるためだったのですが、ホンのつまらないことでもお互いに笑い合うようにしていました。
子供のようにドライブに出掛け、水族館に行き、お菓子を買って・・・・

元気な大人なら「何を子供じみたことを」というようなことを一緒にやっていました。
いつもだったら「何をふざけてるんだ」とか「もっとしっかりしてくださいよ」とかいいそうなことを、一緒に楽しんでいました。
まるで付き合い始めた恋人のような感じでした。


商売をやっている人と、会社勤めの人とでは、生活に於ける心配事が根本的に違います。
今月末の支払いが・・・とか、売り上げが・・・とか、その点で、2人の感覚は一致していましたね。
そして、がんという病気が思っていた以上に世間とずれているという点でも、他の人に話せない悩みを抱え、2人だけの闘病になっていきました。

2人は、仕事の関係上、ともすれば疎遠になりがちな夫婦生活、関係を
闘病を軸にしてより強く生きたんだと思います。

だから、ものすごく濃厚な夫婦生活を送ったと思っています。
そして、だから、病院の先生や看護師さん達みなさんが、僕らの人生の味方だと思っていたんです。

その意味では、今の寂しさはかなりキツいものになってしまっています。

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/06/13(水) 16:31:35|
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