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がん(膵臓癌)に出会って初めて判ったこと

家族がステージ4すい臓癌・手術不適から、手術にこぎつけた

ためしてガッテン「生存率が2倍に!すい臓がん超早期発見SP」を見て

http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20181017/index.html?c=health
ためしてガッテン「生存率が2倍に!すい臓がん超早期発見SP」
10月17日に放送され、録画をやっと見ました。
いくつかのブログで、内容を読んでいたので余り期待はしていなかったのですが・・・
正直言って、いろいろとガッカリしたのが本音です。

タイトルにもあるように、本題は「超早期発見」です。
メチャクチャ簡単に内容を説明すると・・・
「膵臓癌の5年生存率が極めて悪い。それは、膵臓癌そのものの悪性度もさることながら、自覚症状があまりないので病状後期に発見され、治療開始になる場合が多いから。だけど、膵臓の位置が前後から隠れた場所になっているため、なかなか小さい腫瘍の段階では見つかりにくい。当然、CTなどを使えば発見できる可能性は上がるが、健康診断に含まれていない場合も多く、設置してある病院も多くはなく、見つけやすい環境ではない。ところが、膵がんの前兆の膵管拡大と、嚢胞の発見であれば、殆どの病院で設置してあるエコー検査で見ることが出来る。これだと、手軽でもあるし、診療費の自己負担も安い。この前兆を見つけた場合は、大きな病院で定期的に検査をすれば、仮に膵臓癌になったとしても、初期状態で発見できるから、治療効率が上がり、生存率上昇に期待が出来る」
・・・というものです。
もうちょっと詳しくは・・・
https://blog.goo.ne.jp/mizuironokomorebi/e/cb289b808a6d84e29ebc4d5e48f12e90?fm=rss
ここなんかいいかな?

で・・・・ここでいう「生存率」というのは、あくまでも生存率計算の「初期罹患数」を増やすことによるもの。言い換えれば、マジックです。
既に罹患している患者にとっての生存率が上昇するわけではありません。

次に、番組では、エコー検査が2000円(健康保険適用で3割負担の場合)ほどと解説していましたが、本当にそうでしょうか?
どこかで書いたかも知れませんが、保険診療というのは、薬品や、手技などそのものが保険診療になっているのではありません。
例えば、痛み止めの代表選手であるロキソニンは、当然保険診療に使えますが、これが「胃の不快感がある」として受診した場合は、ロキソニンは保険診療処方とはならない(はず)なんです。
つまり、ある種の症状や病態と薬品、手技がセットになってはじめて保険診療と見なされるわけです。

さて、今回番組で取り上げられているエコー診断について。
まだ膵臓癌の疑いも確定もない時点での検査。
しかも、その診断方法そのものが健康保険適用とは聞いていませんから、本当に3割負担で受診できるのでしょうか?

そして、その後の検査は、エコーではなく、定期的にCTなどでの診断ということですよね?
これも、診断の根拠は何になるんでしょうか?保険診療となりますかね?

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実際問題、殆どの癌で治療効率が上ガル方法は、早期診断なのは間違いありません。
だからといって、極端な話、毎月毎月精密検査をすれば良いのか?といえば、それは現実的ではないでしょう。
だから、スクリーニングの手法が必要で、危険因子の生活習慣などから絞り込んでいくのもよく分かります。

それでも、年間1%の発見率となると、30年でも7割の人が発症しないわけで、この手法が果たして番組として取り上げるだけの価値があったのか?とも感じました。
しかし、その一方で、大多数の健康体の人達から見たら、この方法が早期発見に一番近道であるのも事実で、それしか無い状態に膵臓癌に関わる医療者が置かれているのもよく分かります。

その現状と、このタイトルの印象・・・つまり、「生存率が2倍」という言い回しのフィット感の無さ・・・
むしろ、生存率を気にしているのは、患者や家族なのに。

そう思うと、様々な意味でガッカリしたという気持ち、そして現実の無力感・・・
情報のいい加減さによって、誤解も助長されかねない?と思うと、、、、、
ガッカリ、という言葉しかありませんでした。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/10/22(月) 10:36:48|
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死に抗う?

Facebookでご存知の方は、このタイトルの内容は判ると思います。
ただ、向こうではあまり詳細に書かなかったので、もうちょっと詳しく書いてみたいと思います。

実は、このブログでずっと書いておきたいと思っていることがあります。
それは、再発後にどういう気持ちや考えで治療に臨んでいたのか?
数多ある終末期の治療選択とは若干違っていたのですが、なぜそうなったのか?
そして、その選択に後悔は無いのか?というものです。

乱暴に言えば、治療効果が望めないと判った時点で、緩和を重点に考え、体力を落とさないような生活に変えていく・・・というやり方は、十分知っていましたし、なるほどと思っていましたが、結果的にはそれとは違う方法を選んだことになります。
その選択の基準となったのは何か?
一番の要因は、実際の体の状態と、本人・家族の認識、希望的観測が大きくズレていたのが原因でしょう。
だけど、もうひとつの要因はそのような認識よりも切実に考えていた「気持ち」です。

主治医との話で、僕だけが不意に「余命3ヶ月」と聞いてしまったとき。
上腸間膜静脈部分に局所再発後、肝臓転移と脾臓に若干の腹水。
後で気がついたのは、血液検査の炎症反応は徐々に上がっていたこと。
当然、主治医はその点も見逃していないでしょう。
で、そのままの流れだったとすれば、おそらく緩和病棟に入院の手続きをして、体を楽にすることを第一の生活にしたでしょう。
そして、いよいよ空室ができて、体調が悪くなったときに、緩和病棟に入院・・・という流れ。

ですが、実際のところ、痛みのコントロールはなかなか難しかったけど、一緒に買い物をして、食事をして、冗談言って・・・という、まだまだ普通の生活をしていたのが実際です。
その状況で「あーそうですか、じゃあ3ヶ月大事にするように切り替えます」なんて出来るものじゃないです。
かといって、その3ヶ月に対して狂ったように抵抗しようとして治療をし始めたかというとそれも違います。
どちらかというと、「まだその時では無い」という気持ちがあって、その上で「何かしら治療が出来る」という希望が「その時」を少しでも遠ざけられる、と期待していたのが実際です。

「いやいや、あなたはもう無理です」と言われたらどうだったか判りません。
が、何よりも一番元気になったのは、「これからの抗癌剤治療」と言われた言葉でした。
その時の診察室から出た直後に彼女が言った「今日は良い日だ」の言葉は、未だに耳に残っています。

彼女は、再発後、僕にこう言ったことがあります。
「私は死ぬのが怖いんじゃなくて、死んじゃったらあなたに会えなくなるのが淋しい」と。
そして、
「私が死んだら、あなたがすごく悲しむだろうことが心配」と。

死そのものに対しての気持ちよりも、それによって自分が会えなくなる人がいる。
自分自身の死んだ後の状況を憂いていたんです。
この発想は、僕には全くありませんでした。

だから、彼女の場合は、死に抗っているんじゃないです。
生に拘っていた、っていうほうがしっくりきます。
生きていることによって得られている、僕らの普通の生活では当然の事象を、貴重な時間として受け止めていました。
その時間を少しでも長くするために、出来るだけの方法を探していたのかも知れません。

死にたくないと言う気持ちと、生きたいという気持ちは、似ているようでちょっと違いました。

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/10/06(土) 20:59:55|
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今の僕に似ているかも

http://dasinaki.blog.fc2.com/
このブログから、はじめて友達申請(?)「ブロとも」ってやつらしいですがしました(^^;

この方は、おそらくどこかであっていた可能性もある人。
そして、病院でももしかしたら会っていたかもしれない人。

だけど、今となっては「ねぇねぇ、こんな人化学療法室で会わなかった?」っていう確認は出来ません。
僕も同じように、限られた人にしか病気のことを話していませんでした。
同じように「うん、大変だったんだけど、もう大丈夫」って言うつもりでしたから。

実は、僕のブロク、ちょっと書けないというか、書くのが辛いというか・・・そんな日々が続いていました。
僕的には、闘病記は誰かの役に立つはず、と思って書いていました。
だって、自分だって知らないことがたくさんあって、その「知らないこと」はすごく重要なことばかりだったから。
だけど最近では、「それでも治療は奏功しなかったんでしょ?」って思ってしまったり、
それ以上に、今は辛い気持ちの方が大きくて、そっちのネタばかり思いついてしまう・・・
そうすると、このブログに来る人に、読みたくないモノを読ませてしまうよな・・・って思ってしまったり。
いろいろなことを考えてしまって、ね。

ただ、末期の話は書きたいなと思っていたんです。
というのは、一応知識的にはいろいろあったんだけど、心の準備が出来なかったりで、
今まで「なるほど」と思っていた状況の最期の期間は過ごせなかったんです。
だけど、それってそんなに変だったかな?と思ったりしていたのも事実です。

ちょっと前のエントリで「殆ど後悔していない」と書いていましたし、実際この選択はそれほど間違った選択では無かったはずです。
だけど、思い返せば、「あれ?これってもしかして・・・」って思うこともいくつかあったんですよね。

そんなときに、前述のブログを読みました。
ウチのカミさんもほぼ同じようなことを言っていました。
いや、僕はそう受けとっていたって言うのが近いのかな?
それは、「何らかの治療が出来るというのが、何よりもの心の支えで、元気の素だった」ということ。
おそらく、最期の数日前ぐらいまで、そう考えていたんだと思います。
そんなことをしばらく経ったら書いてみたいと思います。

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

  1. 2018/09/13(木) 20:56:08|
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後悔していること

タイトルには「後悔していること」と書いてありますが、実はそんなに多くないんです。
例えば、治療に関してはほぼ満足で、100点満点で言えば90点。
残りの10点なんて、もし文章にしたら大げさになるけれども、
それでもそんなことは全体のごくごく一部。

あ、そういえば、エンディングノートが見つからないってのは「まさかの事態」なんだけどね。

で、じゃあなんでタイトルが「後悔していること」なのか?

昨日、賛否両論の国民的テレビ企画、ありましたよね?
今年はマラソンじゃなくてトライアスロンやったヤツ。。。

去年も、チラチラと見ていたハズなんです。
カミさんも一緒に。
再発が見つかった直後だったから、たぶん、力をもらうと言うよりもさらに絶望を感じたり複雑な気持ちだったと思う。
僕も、それまでの数年間で
「こんなに苦しんでいるカミさんを助けて欲しい」的な感じで見ていたんだと思います。
だけど、今年は、ちょっと違った気持ちで見てしまいました。

僕は、闘病中の4年間、カミさんに出来るだけのことをしてきたつもりでした。
だけど、今思うと、それはちょっと違っていたようにも思います。

例えば、カミさんがイカを好きだったなんて、亡くなる直前に知りました。
同時に「おひたし」が嫌いだったこともその時に知りました。
もっとたくさん、一緒の時間を作ってあげられるはずでした。
それは旅行とか大げさなものではなく、近所の買い物とか、一緒に過ごす時間。
もっとたくさん、笑わしてあげられるはずでした。
もっとたくさん、安心させてあげられるはずでした。
そんな小さな事が、もっともっとたくさんできたんじゃないか?と。

テレビで夢を叶える企画に嫉妬するほど大きな事じゃなくて、
もっと小さな事(すら)をやってあげられなかったのかな?と。

彼女は1年前、手術が終わってから僕にこう言いました。
「あなたは、私のヒーローだよ。私が困ったときに、なんでも解決してくれたよ」と。
いやいやいやいや、そんなんじゃないよね。
もっともっと手軽な小さな幸せを、もうちょっと増やしてあげられたはずだから。

ヒーローは、その小さな後悔に躓いて、今でも泣き出しそうなときがあります。

これを読んでいるあなたは、ヒーローになってください。
小さな喜びを、小さな想いを、できるだけたくさん伝えてください。
大きな夢を追いかけるのと同時に、小さな幸せの積み重ねを忘れないでください。

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  1. 2018/08/27(月) 22:46:59|
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膵臓癌に対しての心構え

また1ヶ月経ってしまって広告配信になっちゃったので・・・・

先月、隣の県で開催された市民講座「膵がんを知ろう!」に行ってきました。
理由は2つありました。1つは、僕らの治療選択の答え合わせ。
もうひとつの方が大きい理由だったのですが、講師が通っていた病院の肝胆膵の教授と、最初に見てもらった病院からお世話になった先生だったからです。

最初に見てもらった先生・・・これちょっとややこしいんだけど、
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-18.html
この時の先生です。この先生に出会わなければ、長く治療を続ける気になったかどうか・・・

で、内容については、非常に判りやすく、膵臓癌の基本的なことは全て理解できる内容でした。

それと、昨日だったかな?NHKの番組でも膵臓癌について解説していました。
https://www.nhk.or.jp/kenko/disease-375/
(あ、ここにもその教授が出ている)
これも、膵臓癌について、非常に判りやすい番組でした。

が・・・・・
これでいいのかな?とも思っちゃったんです。

膵臓癌を知っているということと、病気に臨む患者・家族の立ち位置ってちょっと違うと思うんですよ。
例えば、両方とも治療に関しては「手術できる場合」と「手術できない場合」について解説しています。
が、「なぜ手術が出来ないのか?」ということは、詳しく解説されていません。

僕らも最初は、技術的に困難なのか?とか、上手な先生だったら切れるんじゃないか?とか思っていましたから。
全く違う理屈なんですけどね。
そうすると、この誤解がある場合には、抗癌剤治療をやって手術を目指した場合に「小さくなってくれれば手術できる」と思ってしまう。
もっとたくさんの理屈があるわけです。
過去記事にたくさん書いてますが、
・(当然)技術的に切除可能なのかどうか?
・技術的に可能だとして、転移の可能性は低く抑えられるのか?
・転移とはどういう意味なのか?
・体力的に手術・術後を乗り越えられるのか?
・体力回復が遅い場合、術後化学療法ができるのか?
・再発の可能性がある場合、それまでに他の治療が出来る程の体力回復が望めるのか?
これら全てのことをクリアして、はじめて手術に臨むわけです。

また、残念ながら、完治を望めない場合に、どのようにして余命を寿命に近づけるのか?
といった心構えについては、その目標自体は隠されてしまいがちです。

そして、こうやって書いてみると、これは膵臓癌だけではなく全ての癌、難病の治療への心構えのようにも思えます。
病気の知識があっても、いざ当事者になったときの対処方法は、殆ど知られていません。
だから、当事者やその家族は、自分たちがそうであったように他人に癌のことを話さなくなってしまいます。
孤立していくんです。
ここをどうやったらサポートしていけるのか?

ただ、これだけは言えます。
今すぐ完治しなくとも、とにかく長く健康体で生きることに努力しましょう。
現在医学の進歩のスピードは凄まじいです。

僕らは、遺伝子検査を出来なかったことは残念ですが、アブラキサンが承認されたことによって劇的に良い方向に向かいました。
僕らが残念がっているのと同じように、この薬が承認される前に亡くなった方は残念に思っているでしょう。
だから、治療の最大のコツは、まずは体力を付けて長く生きることです。

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  1. 2018/08/17(金) 11:48:11|
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まだまだ落ち着きません

一ヶ月以上書かないでいると、広告が入るのか・・・・
ってことで、無理矢理書きます。
このブログに来られている方は、闘病中のご本人やご家族の方も多いので、なんとか参考になることを書きたかったのですが、たまにはこういうことも書かせて下さい。

四十九日が過ぎましたが、まだまだ落ち着く状況ではありません。
大分慣れたのですが、いちいち予想もしない小さいものが、彼女との思い出を、そして考えていただろう事を伝えてきます。
タダでさえ広い家なのに、ほぼ1人で生活して、店を開けて・・ってやっていたので、古いモノが捨てられずに残っちゃっているんですよね。
闘病するようになってから、その割合はかなり大きくなりました。

例えば、「賞味期限 18.3.28」と印字された白い紙製の箱が出てきました。
そうです。ケーキの箱ですね。
いつも外来の帰りにデパートなどで買い物をしていましたが、次の外来の前にボクの誕生日が来るので、そのお祝いのケーキを買ったのでした。
実は、僕自身はあまりケーキなどは好んで食べたりしません。
だけどカミさんの食の好みが子供と同じで、こういう理屈をつけないとケーキなどは食べられなかったからなんですね。

前の週の外来で、僕だけが突然に余命を聞いてしまい、緩和外来でどの様に説明されるのかで非常に苦労していたときでした。
あの日、仮にそのまま緩和入院の手続きをしていたらどうなっただろうか?などとも考えますが、当時の僕は「無理は出来ないけど、どうにかして希望を持ってもらいたい」と必死でした。
本人にそれが伝わってしまっていたかは、今では知るよしもありませんが、僕の気持ちはかなり乱れていたのは事実です。

買い物中に、僕はトイレに行きたくなりました。
荷物を持たせておく訳にはいかないので、テーブルのあるところで待っていてもらいました。
トイレから僕が出てくると、彼女はこちらに背を向けて待っていました。
彼女は僕が出てきたことをまだ知りません。
周りの誰も、余命僅かな彼女が僕を待っていて、その僕は今ここにいて、そんな関係なんてことは知りません。
つまり、この光景は、僕だけの光景なんです。
主治医の言葉通りなら、この貴重な光景は、もう見られない光景なのかも知れない・・・
そんな彼女の手には、さっき買ったばかりのケーキの箱だけがしっかりと握られていました。

こんな、箱の賞味期限表示にすら心を揺さぶられています。
当たり前の行動の、当たり前の光景は、僕にとっては貴重な一瞬だったのです。

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  1. 2018/07/16(月) 22:20:00|
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膵臓がんに関わる医療者の気持ち

これは勝手な想像ですから、実際の医療者が「何言ってんだよ」ってことになるかもしれません。
が、医療者、患者・家族のどちらにとっても読んで頂きたい内容です。

膵臓がんステージ4での5年生存率は10パーセントを切っています。
これは治療開始がかなり前の「5年前」状態ですから、今はもう少し治療成績が上がっている(はず)でしょう。
しかし、私たちが聞いた話を総合すると、「大抵1年から1年半ぐらいしか治療できないことが多い」とのことらしいです。
そう考えると、3年11ヶ月ってのはかなり頑張った方かな?・・・ってのはちょっとおいときますが。

肝胆膵の医療者は、この極めて困難な課題に毎日出会い、そして敗北していくわけです。
もっとも、結果のどれをもってして「敗北」というかにもよりますが・・・・
だとすると、この状況でどうやってモチベーションを保つのでしょうか?
以前、病棟による空気の違いについて書いたことがあります。
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-94.html
この違いは、このような「結果」によってもたらされるものも要因の一つかも知れません。

毎回、毎日、何とかして患者を救おうとしている。
(これを否定したら医療者としてなり立たないので、それはありえません。)
そして、手術不可、化学療法、増悪・転移・・・・、手術できても再発、化学療法、転移、増悪・・・・
これを「単純な日常」として生活しているはずは有り得ません。

そして、付随して必ずつきまとうのは、医療ミスの訴訟リスク。
解決策は、患者主体の治療選択と、完全標準治療の王道コース。

王道コースでは、前述の5年生存率に沿ってしまうのは明かなんです。
かといって、勝手に治療を変えるわけにもいかないんです。

このジレンマを解消する方法はあるのか?

ちょっとした創意工夫、ちょっとチャレンジングな方法。
全て、これを患者や家族は理解するのだろうか?
そして、結局王道コースに戻らなければいけない。

こんな苦しい毎日を肝胆膵担当の医療従事者は抱えているんだと思います。
医師や医療従事者の限界ではなく、現在の医療の限界がそこに見えます。

だけど、ちょっと考えてみて下さい。
おそらくですが、病院も医師も看護師も、大元の治療方針があって、それがベースになっているはずです。
これは厳格な規程ではあっても、そこには幅があるはずです。
その幅を「患者や家族が理解できている状態」だとすれば、標準治療の範囲であっても、かなり幅を持った治療の選択が出来るはずです。

どうすればいいか?
患者や家族は、猛勉強するべきです。そして、医療者の立場を理解して上げて下さい。
そうしたときに、医療者ははじめて出来る範囲内での「チャレンジ」を提案してくれるはずです。
僕は、レースでは「ポケットから取り出した0.5秒」って言っていますが、
お仕着せの治療から、もう一歩患者・家族に合わせた治療が出来るんじゃないか?と思うんです。

例えば、抗癌剤の量・タイミング。
これらは、臨床例の多い病院ほど実態を知っています。
つまり、正解から先に言えば「副作用が強くては治療が続けられない。ある程度の量を減らしても、継続する方が治療効果が高い」という経験から、柔軟に投与量と間隔を変えてくれます。
ところが、このことを患者・家族が理解していない場合(知っている、と、理解している、は別です)、
「量を減らされたから転移したんだ」とか「通常よりも間隔が長かったから癌が成長したんだ」などと考えてしまいます。
そうすると、とにかく標準量の投与だけをされてしまい、「副作用が強かったから休薬は仕方が無い」とかの領解に陥ってしまいます。

これは、お互いがガッカリする結果に行ってしまうんじゃないでしょうか?
僕は、ウチのカミさんが結果的には3年11ヶ月しか治療できなかったけど、
病院と医師と関係者の「ポケットからの0.5秒」を引き出せたから「1年から1年半」ではなく治療できたんだと考えています。

もし、病院・医師の立場を患者・家族が理解して、そして医師や看護師が患者・家族を理解して、相互の信頼関係が作られたとすれば、生存率はもっと簡単に上がるんじゃないか?とも考えているんです。

そのためには、この肝胆膵医療者の絶望感、フラストレーションを理解して、一緒に戦う姿勢を持つのは大事じゃないでしょうか?

ええ、この話は、立場が逆転しているのはよく分かっています。
本来ならば、医療者側が患者や家族に十分な説明をするのが本筋ですから。
だけど実際の医療現場はそこまで時間や人手は足りていません。
だからといって医療者の不備に文句を言って命を捧げるのは割に合わないでしょう?

僕らが、お世話になった病院・医師・関係者を尊敬して、そして心から信頼していたのには、その期待に応えてもらえたからです。
僕らもそれを築く努力をしました。
一緒に戦ったのは、病ではありません。
僕らの人生の最大の困難に立ち向かってもらったと思っています。
(だから、最後に病院に挨拶に行ったときに、すごく寂しくなったんですけどね)

どこの病院でも・・・ってことではないとおもっています。
だけど、僕らがお世話になった病院では、関わってくれた誰もが「ポケットに入った0.5秒」を出してくれました。
本当に感謝しています。ありがとうございました。



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  1. 2018/06/16(土) 19:35:55|
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僕らにとって3年11ヶ月は

たくさん色々なことを書きたい気持ちがありますが、何を書いていいかわかりません。
ちなみに、通夜・葬儀については、余りにも記事としては「普通」になってしまいそうで、ただの記録になってしまいます。
なので、よほど気が向いたら書こうかな?と・・・・

僕らにとっての3年11ヶ月とタイトルしましたが、実際には、僕とカミさんとでは立場がまるっきり違っているはずです。
だから本当に「僕ら」なのかどうかは自信がありません。

病気が判ってから、僕ら2人の関係はかなり強い結びつきになりました。
例えば、よくある話で、会社の同僚と飲んでいて夜の10時頃とかに「もう一件行こう」と言われたとします。
仕事だからと割り切れば仕方が無いことかも知れませんが、それでも「ああ、カミさんに愚痴を言われるよな~」ぐらいには考えるでしょう。
僕は、カミさんが病気になってから、それがなくなりました。
とにかく一緒にいる時間を多くしたい、と思ったんですね。
最初の方のブログの記事にこんな事を書いています。
http://fit393.blog.fc2.com/blog-entry-21.html

「手術は、そんなに大げさではないのですが、はじめて入院させたその日。
病室の窓側のベッドに入ったのですが、そこは帰り道になるところでした。
3階の窓から手を振っていた姿をこの後毎回見ることになり、その度に涙がこぼれました。」

だけど、それでも本人にとっては、まだまだ不十分だったようでした。
カミさんも、僕も、実家で商売をやっています。
車の移動時間で大体40分ぐらいかかります。
だから、お互いが単身赴任のような状態でした。
元々は、僕の実家の近く、つまり会社の近くに2人の住居は借りたのですが、そのような事情によりほぼ僕が寝に帰るだけの部屋になってしまっていました。
僕的には、いつでも帰ってこられるようにと思っていたのですが、そのうちにカミさんは実家の生活の方が楽になります。
それは当然でしょう。
そして、闘病するにつれ、ほぼ僕らの部屋には帰ってこられなくなりました。

確かに、それは本人のワガママで実家の店をやることになったのですから困ったモノではあったのですが、彼女にしてみると一緒にいる時間をもっと増やしたいとも思い始めていました。
そして、転移が判って、年が明け、今年になってからは僕がカミさんの実家から通うことが多くなっていきました。
彼女の言葉を借りると「僕と一緒に暮らしたい」と。

僕らは、子供のようなやりとりをするようになりました。
それはとにかく、病状で不安になったり、落ち込んでしまうことを避けるためだったのですが、ホンのつまらないことでもお互いに笑い合うようにしていました。
子供のようにドライブに出掛け、水族館に行き、お菓子を買って・・・・

元気な大人なら「何を子供じみたことを」というようなことを一緒にやっていました。
いつもだったら「何をふざけてるんだ」とか「もっとしっかりしてくださいよ」とかいいそうなことを、一緒に楽しんでいました。
まるで付き合い始めた恋人のような感じでした。


商売をやっている人と、会社勤めの人とでは、生活に於ける心配事が根本的に違います。
今月末の支払いが・・・とか、売り上げが・・・とか、その点で、2人の感覚は一致していましたね。
そして、がんという病気が思っていた以上に世間とずれているという点でも、他の人に話せない悩みを抱え、2人だけの闘病になっていきました。

2人は、仕事の関係上、ともすれば疎遠になりがちな夫婦生活、関係を
闘病を軸にしてより強く生きたんだと思います。

だから、ものすごく濃厚な夫婦生活を送ったと思っています。
そして、だから、病院の先生や看護師さん達みなさんが、僕らの人生の味方だと思っていたんです。

その意味では、今の寂しさはかなりキツいものになってしまっています。

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  1. 2018/06/13(水) 16:31:35|
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病院とのお別れ

今日は、病院に最後の治療費の支払いと、診断書の請求・・・・
そして、各科にご挨拶に伺いました。

一番たくさんの思い出がある場所です。
一番明るく過ごそうとした場所です。
だから、気持ちが揺さぶられるのは覚悟の上で向かいました。

最初は外来。
いつもの受付の「アラレちゃん」は、いませんでした。
が、最後にお世話になった看護師さんが出てきてすぐに名前を呼ばれました。
心配して下さっていたみたいです。
最後の受診に、一番厳しい見立てを言ってくださり、一番手を尽くしてくださいました。
そこにアラレちゃんが戻ってきました。
「僕らは、あなたの受付での笑顔がとても気に入っていたんですよ」と伝えました。
ありがとうございました。

次は、一番お世話になった入院病棟。
ナースステーションに顔を出すと、みんな「あら、あら、あら・・・・」って感じで・・・
すぐに師長さんを呼んできてくださいました。
もう、名前を思い出せない悪い癖を反省しましたよ。ごめんなさい、みなさんに感謝しています。
しばらく話をさせて頂き、最後の夜に「泊まっていった方が良い」と言ってくださった看護師さんにありがとうと伝えました。
看護助手のみなさん、そしてクラークさん、ありがとうございました。

景色・・・見えるもの全てが、様々な思い出をよみがえらせます。
凄くつらい・・・・だけど、何かそういう気持ちとは微妙に違う何かを感じます。

緩和外来にも顔を出します。
ここも、無理難題を引き受けてくれた場所です。
担当の看護師さんも、忙しかったでしょうに、戻ってきてくださいました。
たぶん、最後の本音を語った方は、この方なんでしょうね。
本当はもっともっとお話を伺いたかったです。
ありがとうございました。
担当の先生と、音楽の話をしたかったです。よろしくお伝え下さい。

そして、がん診療相談室。
ここは愚痴も聞いてくれたし、最後の治療のコーディネートすらしてくれたところです。
感謝するのと同時に、ここがもっと頑張れると、がん患者・家族はもっと楽になるだろう、
っていう課題を偉そうに話してきてしまいました。
ありがとうございました。

診断書の申請をしながら、支払いを済ませ、駐車料金の前精算をしながら。。。
さっきの違和感に気がつきました。

僕の正確な気持ちは
「今のところ、もう、この病院に来ることはない」というもの凄い寂しい思いでした。
この病院に来ることは、その都度、僕らの生きている証で、自慢・・・というか、誇りでもありました。
みんな、僕の顔を知っていてくれてる。大病院なのに・・・

本人は、辛い場所だったかも知れませんが、僕らはここで喜怒哀楽を共にしました。
そして、その全部のシーンにここの方達が関わっていて、一緒に過ごしてきたんだと思います。
僕らは、治療に際して、標準の真ん中ではなく、常に上に行く可能性を目指してやってきました、
それを全力でサポートしてもらいました。
いわば、僕的には、戦友というか、親友というか・・・
そういった信頼していた人達に、もう今のところ会う口実がなくなったわけで、
いわば、大事な人達との別れでもあったのでした。

僕らの人生を本気で支えてくれていた人達と、会えなくなった。
これが、ものすごく寂しくて、駐車場から車を出すときに、恥ずかしながら号泣してしまいました。

みなさん、ありがとう。
僕に何かお役に立てることはありませんか?と言いたいのをグッとこらえて、4年の戦いに終わりを告げました。

・・・・だけど、先生には、もう一度会った方が良いのかな?  (^^;


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  1. 2018/06/07(木) 22:27:34|
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“最先端”がん治療トラブル

亡くなったあとのことや、感想などもたくさん書きたいのですが、どこから書いていいか判らず・・・
ちょっと時間がかかるかも知れません。

で、昨日のNHK クローズアップ現代 “最先端”がん治療トラブル ですが、
さまざまなところで頷かされる内容でした。

番組内容を簡単に言えば、
「標準治療ではなく、自由診療となる治療に高額な費用を払っても頼ってしまうのか?」といった内容でした。

記憶から書いていきますから、勘違いや、記憶漏れがあるかも知れません。
まず、この番組では、「最先端と言われる治療」を「あまり勧められない的」には扱っているのですが、決定的な失態(表現されていなかったこと)があります。
それは、一番最後に書くこととしますが、その「失態」部分こそが、この問題の一番大事な点だと思うんです。

いわゆる「インチキ療法」などの良くある言い回しについては、良く描かれていたと思います。
例えば「日本ではじめて認められた」とか「これで治ります」とか。
そして、そこに辿り着いてしまう手順が、インターネットである点も見逃せません。
今回の例では、若い息子さんがネットで情報を探したとのことですが、ここに大きく頷く点がありました。
最近の学生が「ネットがなければ宿題が出来ない」と言っていると聞いたことがあるからです。
つまり、彼らにとってネットの情報は、簡単で単純な宝探しと同じで、疑いの余地が入っていないというものです。
ネット詐欺が無くならない理由も分かります。
教育課程で「○○は、××だから、○○である」という一方通行の解釈を教えるだけとなっていることは、事実であるかどうかの検証過程をすっ飛ばした習慣を植え付けます。
そして、その情報が「正しい情報」だったとしても、尊いものだとは思わずに、いとも簡単に手に入るモノだと思いこんでいます。
音楽や映像の不正視聴が減らないのも、同じところが原因かも知れませんね。

次に、医師とのコミュニケーション不足。
実際に、僕らもその信頼関係を気付くのには相当な苦労をしました。
僕らが医師を理解しているかどうか?というものと、信じているのか?というものと、言うことを聞くのか?というものは、似ているようで違います。
そして、その医師に「見放されないようにしたい」という気持ちは、医師に質問することすら遠慮する原因にもなっています。

「大丈夫ですよ」と言えない医師。それはその通りです。がんに「大丈夫」は余り存在しないからです。
だからといって、全て「判らない」と答えるのは不誠実です。
どこまで判っていて、どこからが不明瞭なのか?
これを理解するには、患者側も「治る・治らない」だけの視点から離れる勇気が必要です。
しかし、現実の医療現場には丁寧に説明する時間が無い、患者・家族の理解度との乖離、これらが大きな隔たりを作っています。
その点、アメリカでの取り組みは「なるほど」と思えるものでした。
説明専門スタッフというのは、患者の細かな気持ちもくみ取れます。これは、がん相談サロンなどとはちょっと意味合いが違うなと思いました。

これら、現代の日本のがん治療に於ける問題点・・・・これに対して、あたかも「標準治療が答え」という感じの番組の印象でしたが、僕はここに番組構成的に「決定的な失態」があると思いました。
それは、「標準治療は、多数の集計から、一番効くだろうと思われる治療ではあるが、全ての人に必ず効く治療では無く、その確率は低い場合は3割にも満たない」という点を言わなかったところです。
これを言って、さらに自由診療に対して「国が医療費として負担していないのは、今のところ、多数にとって効果があると証明されていないからだ」と続けて欲しかった。
そして、「どの治療からはじめるのかを選ぶのかは簡単では無いが、確率の高い治療からはじめた方が良い。そうすると、保険診療が最初に来て、医療費の点でも負担が少なくなる」と続けて欲しかったんです。

僕らも、何度か樹状細胞ワクチンなどに興味を持ったことがありました。
ですがその時に、その都度、保険診療で出来る治療との比較が出来たんです。
だから、よく僕が例えで使う「代打で桑田を使う」必要は無かったんです。
そして亡くなるまで、その治療は僕らにとって「不満」ではありませんでした。

標準治療は、万能ではありません。だけど、その他の自由診療は、さらに成績予測が不明です。
もしかしたら、あなたにとっては、その自由診療の方が圧倒的に良い結果になるかも知れません。
それは、わかりません。
何を根拠に治療を選ぶのか?そして、その確度は?そして、覚悟は?
こういった患者・家族の決断が求められているわけです。


長くなりました。
そんな感想です。

みなさんは、いかがだったでしょうか?
僕は、この番組を見て、「ああ、僕らと、担当医師・看護師は、うまくやれたんだな」と安心したのが本音です。



テーマ: - ジャンル:心と身体

  1. 2018/06/06(水) 21:33:14|
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